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調味料王の退位

Dethroning the King of Condiments

塩、高血圧、死亡率の関係は?

What Is the Link between Salt, Hypertension, and Mortality?

By Krishna Chinthapalli

BMJの准編集者

BMJ2013.12.04

 (訳者注:BMJに投稿された学術論文ではなく、BMJの准編集者が意見[Observations]欄に書いた論文。) 

 象を容易には殺せない。ケニアのワリアングル部族民はアコカンセラ植物の毒性のある樹液に浸した長さ1メートルの矢を使う。彼らは23歩離れて象の下腹に矢を放つので、毒性の強いウアバインは急速に血液中に入る。ウアバイン分子は心筋に到達してナトリウム・ポンプを阻害する。それにより細胞内ナトリウムは増加し、それにより別のポンプ(ナトリウム-カルシウム交換ポンプ)が刺激され、ナトリウムを細胞外に出し、その代わりにカルシウムを取り込む。カルシウム・イオンは筋細胞を永久に収縮させ、20 kgの心臓を再び動きださないようにする。

 ウアバインは我々自身の血流中でも自然に循環しているが、心臓を止める代わりに、動脈の平滑筋を収縮させ、血圧を上昇させる。塩摂取量の増加がナトリウムと水の貯留を引き起こし、それがウアバインを刺激し、それが高血圧を発症させるという理屈である。しかし、実際、塩の役割には非常に議論がある。

 25年前に、BMJはケニアの村民と世界中の他の51集団について横断的なインターソルト研究を発表した。各集団内では、人の尿中ナトリウム排泄量(信頼できる塩摂取量の代替え指標)は収縮期血圧と相関していた。集団間で高い塩摂取量は時間を経ると若い時期からの血圧上昇と関係していた。2001年に、低い、中間、高い塩含有の食事に割り当てたランダム化比較試験であるDASH-ナトリウム研究では、減塩は収縮期血圧を7 mmHg以上下げた。2007年に高血圧低下試験で2,400人の被験者で長期間の追跡調査によると、食事についての教育、相談、減塩忠告は心臓血管疾患の危険率を30%下げた。塩分含有量の低い食事に関する本を出版し、イギリス高血圧協会会長であったグラハム・マグレガーはこの夏BMJでメタアナリシスに関してフェン・ヒーと共同研究した。1日当たり6 gへの減塩はイギリスで年間35,000人の死亡を防ぐことを研究は示した。

 塩による死亡率低下は英国国立医療技術評価機構を促して、2025年までに食品中の塩含有量を徐々に減らして1日当たり3 g以下の摂取量にすべきである、と言っている。しかし、9月にイギリス保健省は新しい食品製品に関する最高塩含有量を設定する計画を取り止めた。

 食品産業界は減塩に対して激しく陳情運動を行ってきた。我々が摂取する塩の5分の4以上は加工食品からで、加工食品で味と保存期間を改善することは費用の掛からない方法である。4ヵ月児でも水よりも塩の入った水を好む。塩は甘みを強くし、苦味を抑える。2年前にキャンベル・スープは塩含有量を35%減らした新しい低塩スープを作ったがあまり売れなかった。何千年ものあいだ塩は保存剤として使われてきた。1.5%の塩を含むスパゲッティ・ソースでクロストリジウム・ボツリヌス菌は毒素を生産しなかったが、1%の塩を含むソースでは毒素を生産した。ベーコンでは3.5%から2.3%への減塩は28日までの貯蔵寿命を半減させる。したがって、食品会社がネガティブな研究を強調し、または公的機関の塩研究に資金援助して、1980年代以来、塩と高血圧との関係を曖昧にしようと努めたことは当然である。彼らの業界団体である塩協会が言うには、塩は“カロリーのない自然の食品成分であり、寿命を伸ばし、活動的で栄養的な生活をおくらせる。”

 前述したエビデンス(と実に我々の食事)は控えめに取り扱うべきである、と他の専門家たちも主張する。インターソルトが掲載された同じBMJの号で、成人7,300人による観察的なスコットランド心臓保健研究は、ナトリウムではなくカリウムやアルコールが血圧に影響を及ぼすことを明らかにし、付随した巻頭言は“塩は高血圧にほんのわずかに関わっているだけだ。”と述べた。

 食事に関する本の著者であり科学ジャーナリストであるガリー・トーブスはこれらのページで肥満における砂糖の役割を最近強調した。1998年に彼は塩、論争グループ、個人的な屈辱に関する政治的な論争についてサイエンスにレポートを書いた。塩は不当に中傷されてきたが、彼の清廉を守るために、彼は塩協会を支持することを拒絶してきた。他方、現在アメリカ高血圧学会誌の編集者であるミカエル・アルダーマンは、以前に塩協会の有給のコンサルタントであったことを明らかにしてきた。最近の研究から塩摂取量と心臓血管疾患死亡率との関係はJ曲線であり、最低の危険率を示すのは1日当たり約5 g15 gとの間にある塩摂取量である、と彼は結論を下した。さらに低い塩摂取量は交感神経系を活性化し、インスリン抵抗性を増加させ、それにより心臓血管疾患危険率を増加させることを示唆した。

 2011年にアルダーマンの雑誌は減塩介入試験のコクラン・レビューを発表した。そこでは疾患率または死亡率との関係を確認できなかった。ニールス・グラウダルと同僚による同じ雑誌で塩摂取量、血圧、レニンーアルドステロンーアンジオテンシン系についての別のコクラン・レビューは、低い塩分食は利益がない、と結論を下した。この解析には短期間の試験が含まれているので欠陥がある、とヒー氏は言っている。関連もないのに減塩が低い死亡率と関係していることを結論としたヒーとマグレガー自身のメタアナリシスをグラウダルもまた批判した。

 今年、アメリカの医学研究所は疾患管理予防センターに代わってエビデンスを調査するために、勇敢にもヒーとグラウダルの両方を含めて委員会を招集した。委員会は最近の研究の質の低さを嘆いたが、高い塩分摂取量は心臓血管疾患と関係していたが、1日当たり6 g以下に減塩する利益についてのエビデンスはなく、事実、有害であるエビデンスがあると結論を下した。もっとランダム化比較試験が必要であるとも考えた。

 塩補給による二重盲検ランダム化比較試験がケニアの村民で提案されたが、倫理的な認可を得られなかった。ケニアはアメリカ心臓協会のガイドラインに添った187ヶ国の中で1日当たり3.8 g以下の平均塩摂取量を示す現在唯一の国である。19世紀末頃、ほとんどの国はずっと低い摂取量であったが、腎臓によるナトリウムの効率的な保持により低ナトリウム血症からワリアングル部族民や他の民族は守られた。

 その間、海を越えたインドでは1000%以上の壊滅的なイギリスの塩税と現地で塩生産を禁止されたことで、食品保存ができず、塩がなかったために熱中症や下痢、飢饉で数百万人が死んだ、とフローレンス・ナイチンゲールは言った。数年後に有名なマハトマ・ガンディーは塩税を破り、早朝にグジャラートの浜辺で塩作りをして、塩を“調味料の王様”と呼んだ。逆説的にガンジー自身は2,3年前に食卓塩を止めて、“添加物として必要な時”だけそれを使うように勧めた。今や、数百件の科学的研究があるにもかかわらず、彼の両面価値を持った意見は完全に理解できる。