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論説 塩を振りかける、振りかけない?

To Salt, or Not to Salt?

By Theodore A. Kotchen

American Journal of Physiology 1999;276

 

 アメリカ合衆国や海外の多くの保健機関(例えば、国家科学アカデミー、アメリカ公衆衛生局、国立心臓・肺・血液研究所、アメリカ農務省と保健福祉省、WHO、アメリカ心臓協会)が全人口に減塩を勧めている。この勧告の主要な根拠は全人口の血圧値を下げ、それにより心血管疾患の総合的な発症率を下げることである。“ (政治的な) 塩の科学”と題するサイエンスの最近の特別論文は全人口に減塩を勧めることに関して異なった意見に注意を呼び掛けた。この勧告に対する主張が含んでいることは1) 血圧に及ぼす適度の効果;2) 心血管疾患の罹患率と死亡率に及ぼす証明された影響の欠如;3) 減塩による健康結果に及ぼす潜在的な逆効果についての関心である。サイエンスの論文は、“塩論争”の継続は食品産業界と研究資金提供機関の確定された利害関係によって永続することを示唆している。この論文の目的は塩と血圧関係の簡潔な概要を提供することである。

 高塩食は遺伝的に獲得された高血圧の数多くの動物モデルで動脈圧を上昇させることに説得力を持って寄与している。チンパンジーは系統学的に人類に似ており、注意深くコントロールされた研究で、20ヵ月間チンパンジーの通常食に塩を加えた結果は収縮期血圧と拡張期血圧でそれぞれ33 mmHg10 mmHgの上昇であった。この上昇は高塩食を止めて6ヶ月以内に完全に逆転された。限られた臨床観察と同様に動物研究は、血圧に及ぼす塩の効果とは関係なく、高塩食は脳動脈疾患や脳卒中、左心室肥大、糸球体損傷に寄与しているかもしれない。

 人類では、塩摂取量と血圧との関係についてのエビデンスは観察研究と介入試験の両方に基づいている。集団間で、血圧上昇、加齢に伴う血圧上昇、高血圧発症率は塩摂取量に関係している。塩と血圧の国際研究(インターソルト)は世界中の52センターで10,000人以上の血圧とナトリウム排泄量との関係に関する集団内と集団間の仮説の両方を評価するように設計された横断的研究である。インターソルトの主要な観察点は1) 個人間では、塩摂取量5.9 g/dの差が収縮期血圧で3 - 6 mmHgの差と平均的に関係している;2) 集団間では、5.9 g/dへの減塩は25 – 55歳の間で収縮期血圧に10 mmHgの上昇緩和に関係していることである。4ヶ所の低塩摂取量で隔離されて文字を知らない集団のインターソルト試料の観察と同様に、血圧値は低く、高血圧は希かほとんどなく、加齢に伴う血圧上昇はなかった。

 ランダム化比較試験は塩摂取量と血圧との因果関係について説得力のあるエビデンスを提供する。メタアナリシスの限界という条件にもかかわらず、二つの最近のメタアナリシスは一時的に短期間の減塩に応答して首尾一貫した血圧低下を記録している。32試験の一つのメタアナリシスで、収縮期血圧と拡張期血圧の総合的な低下は正常血圧者で-1.9/-1.1 mmHg、高血圧者で-4.8/-2.5 mmHgであった。52試験の二回目のメタアナリシスで、総合的な血圧低下は正常血圧者で-1.6/-0.5 mmHg、高血圧者で-5.9/-3.8 mmHgであった。より大きな血圧低下は正常血圧者よりも高血圧者で、短期間試験よりも5週間以上続けた試験で観察された。結局、アメリカの成人人口の24%が高血圧である。

 高血圧予防試験は、高-正常血圧で中程度に肥満した成人コホ-トで、血圧に及ぼす減塩と減量の効果を評価する長期的な研究である。フェーズIでは、18ヵ月以上の減塩処理または減量した別々のグループで、収縮期血圧と拡張期血圧は有意に低下した。高血圧予防試験のフェーズIIは、高-正常血圧の肥満成人で3から4年以上期間で、血圧に及ぼす減塩と減量の効果を単独または組み合わせでより広範囲に評価した。通常のケアーコントロール・グループの血圧と比較すると、6ヶ月で収縮期血圧と拡張期血圧は減塩だけで(-5.1/-4.4 mmHg)と減量だけで(-4.8/-2.5 mmHg) 有意に低下したが、二つの介入効果は加算的ではなかった。6ヶ月以上では、減塩と減量の両方を維持しても介入はあまり有効ではなく、血圧に及ぼすこれらの介入の影響は減らされた。

 高血圧発症率は加齢で上昇し、60歳以上のアメリカ人では、大多数が高血圧である。最近完了したランダム化試験では、減塩と減量は老人の高血圧治療では効果的で安全な方法であることが最近示された。限られた数の観察研究と介入研究は、子供や青年で塩摂取量と血圧との間にも相関があることを示唆している。塩感受性のいくつかの動物モデルで、塩化物以外の陰イオンを与えた選択的なナトリウム負荷は高血圧を生じさせなかった。同様に、ナトリウムのない選択的な塩化物負荷も高血圧を生じさせなかった。限られたエビデンスは、ヒトの塩誘因性の血圧上昇もナトリウムと塩化物の両方の高い摂取量に依存している。したがって、実験モデルとヒトでは、塩誘因性の高血圧の十分な発症はナトリウムと塩化物の両方の高い摂取量を同時に与えることを要求している。これらの研究は塩感受性高血圧の発症で細胞外液量増加の重要性を強調している。細胞外液量は塩摂取によって増加するが、ナトリウムの非塩化物塩によっては増加しないからである。さらに、塩化物自身は直接的な腎臓血管収縮薬として作用するかもしれない。通常食中のほとんどのナトリウムは塩化ナトリウムとして摂取されるが、選択的なナトリウム負荷と選択的な塩化物負荷による研究は、塩摂取量が動脈圧を増加させる機構についての付加的な情報を提供すべきである。

 個人間では、塩摂取量に対する血圧応答に著しい変動性があり、血圧の塩感受性については定性的な特徴よりもむしろ定量的な特徴を考察すべきである。塩感受性の専断的な定義に応じて、急性ナトリウム欠乏およびまたは負荷プロトコールに基づいて、高血圧者の~30 – 50%と正常血圧者の比較的わずかな%が塩感受性である。すなわち、動脈圧はナトリウム欠乏で低下し、およびまたは塩負荷で上昇する。塩感受性のこれらの意味は塩摂取量に対して長期間の血圧応答を反映していないが、これらの急性研究は塩化ナトリウム収支における急性変化に対する応答の異質性を強調している。

 ある程度、個人間の塩摂取量に対する異なった血圧応答は遺伝的な根拠を持っているかもしれない。塩感受性の遺伝率と血圧の塩抵抗性は動物モデルで最も納得できるように記録されている。双子の研究を含む家族研究は、ヒトの血圧についての塩感受性に遺伝子が寄与しており、塩化ナトリウム排泄とそれを制御するホルモン量の遺伝性について限られたエビデンスがあることを示唆している。比較的稀な疾患数で、ナトリウム保持で高血圧になる特定の遺伝子の対立遺伝子が述べられてきた、例えば、グルココルチコイド治療可能な原発性アルドステロン症、リドル症候群、見かけのミネラロコルチコイド過剰症候群である。これらの疾患で、高血圧は腎臓のステロイド代謝または抗ナトリウム尿排泄亢進を起こす直接的な腎糸球体機能のいずれかが変わった結果である。逆に、ナトリウム利尿を促進してその結果、比較的低い血圧値にする腎糸球体機能の変化による結果であることを特定の対立遺伝子は明らかにした。あるとすれば、これらの多形性が全人口で血圧の塩感受性に関与しているかもしれないことを明らかにすることが残されている。

 高血圧予防試験で、減塩に対する血圧応答がアンジオテンシノーゲン遺伝子型に関係しているかどうかを調べることが試みられた。減塩と減量の血圧応答に対するアンジオテンシノーゲン遺伝子の単一の多形性の限られた寄与を結果は強調している。36ヵ月以上の追跡調査後に、減塩と減量に応答する血圧低下はGG表現型の人々と比較してAAアンジオテンシノーゲン表現型の人々で大きかった。AG表現型の人々の血圧応答は中間であった。36ヵ月で減塩と減量に対して異なった血圧応答がアンジオテンシノーゲン表現型で観察されたが、6または18ヵ月では差はなかった。さらに、アンジオテンシノーゲン表現型は減塩だけと減量だけに対する血圧応答と関係していたが、減塩と減量を組み合わせた介入に対する血圧応答とは関係していなかった。それらの結果が時が経っても一定で、アンジオテンシノーゲン表現型の効果が組み合わせた介入グループでも観察されれば、結果は一層信用できる。それにもかかわらず、アンジオテンシノーゲン表現型は減塩と減量に対する血圧応答にわずかな影響しか及ぼさないかもしれないと言う可能性を結果は引き出している。塩感受性の付加的遺伝標識は明らかにされるだろうことはありそうである。血圧値自身と同様に、誰にでも血圧に及ぼす塩摂取量の影響程度は様々な遺伝子多形型数の最高値を反映している。

 塩に対する血圧応答は食事中の他の成分によっても変わるかもしれない。カリウムまたはカルシウムの低摂取量は塩が誘因する血圧上昇を大きくする。逆にいくつかの動物モデルでは、カリウムとカルシウムの高摂取量が塩で誘因される高血圧を弱める。尿のNa/K比はナトリウムだけまたはカリウムだけのいずれかよりも血圧に強く関係している。さらに、単純な炭水化物は正常血圧のSprague-Dawleyラットやいくつかの高血圧モデル・ラットで血圧の塩感受性を増す。

 減塩は健康結果に有害であるかどうかを尋ねることは適正である。動物実験で、重大な塩欠乏は成長を阻害し、出血や腎臓傷害の罹患率を上昇させ、実際に血圧を上昇させるかもしれない。さらに、ヒトでは、厳しい急性塩欠乏は血漿脂質や凝固因子に悪い結果をもたらすかもしれない。しかし、これらの観察は全人口に中程度の長期間におよぶ減塩を勧めることとは関係ない。アルダーマンらは最近2件の論文を発表した。その論文で習慣的な減塩はヒトで心筋梗塞の危険率を増加させることを示していることを信じているとした。これらの論文は習慣的な塩摂取量の調査が不十分なことと、心血管疾患の老人が低い塩摂取量を報告し勝ちであると言う事実を含めた混乱変数についての懸念に基づいて批判されてきた。デ・ワルデナーは、減塩が心血管疾患の危険率を増加させると言う“神話”として彼が言っていることについてのエビデンスを要約して、神話の無情な繰り返しは、しばしばデータを批判的に調査しない科学者達の助けを借りて、塩の公益についての関心よりも商業的利益を優先させる機関のために申し分のない宣伝となる。アルダーマンの論文にある程度刺激されて、国立心臓・肺・血液研究所は最近(1999628 – 29)“ナトリウムと血圧”ワークショップを招集し、血圧と心血管疾患危険率の両方に対する塩摂取量との関係について科学的エビデンスに焦点を置いた。このワークショップの要約は現在出版のために準備中である。

 残念ながら、心血管疾患の罹患率と死亡率に及ぼす減塩の影響を評価するための前向き臨床試験は多分、不可能である。特別な心血管疾患エンドポイントにある全集団の塩と健康試験を開始する努力は強力で打ち勝ちがたい行政、研究設計、財政障害に直面しそうである。その結果、減塩の勧告は血圧値と心血管疾患危険率との間の十分に記録された関係に基づいている。心血管疾患エンドポイントについて血圧と関係した危険率は正常血圧者も含めた幅広い範囲の血圧値にわたって増加する。人口ベースで、2 mmHgの拡張期血圧低下は高血圧発症率で17%の低下、脳卒中と一過性の虚血性発作の危険率で15%の低下、冠状心疾患の危険率で6%の低下になる、と推定された。フィンランドでは1972年から1992年の間に、食塩使用の低下と通常の塩のナトリウムを減らしカリウムを増やした塩への置き換え、いくつかの加工食品について塩含有量の上限値に抑えることで集団規模のNa/K比の低下があった。この期間中に、集団の平均拡張期血圧で10 mmHgの低下、30 – 59歳の男女で脳卒中と虚血性心疾患による死亡で60%の低下があった。

 塩化ナトリウム以外の栄養素も血圧値に影響を及ぼしているかもしれない。観察研究はカリウム、カルシウム、マグネシウム摂取量と血圧との逆相関を記録している。経口カリウム補給は、特に高血圧者と高塩食を食べている人々で血圧を下げる。カルシウム補給は塩感受性高血圧者の血圧を選択的に低下させる。ランダム化された多センター研究で、高血圧予防食(DASH)試験は、高-正常血圧者または軽症高血圧者で8週間、3種類の食事パターンの血圧に及ぼす効果を評価した。食事介入は1) アメリカ人の摂取量の25パーセンタイルに近いカリウム、カルシウム、マグネシウム量を含むコントロール食;2)果物、野菜の多い食事;3) 果物、野菜が多く無脂肪または低脂肪乳製品の組合せ食であった。塩含有量は3種類食事全てで同じであった(7.5 g/d)。収縮期血圧と拡張期血圧は果物、野菜の豊富な食事で有意に下がり(2.3/1.1 mmHg)、コントロール食と比較してこれらの血圧は組合せ食によるよりも大きく下がった(5.5/3.0 mmHg)。食事の有効な栄養素を明らかにするように設計されていなかったが、DASH食試験は血圧を制御するための食事で多くの要因の重要性を納得のいくように再確認する。現在進行中の追跡試験はDASH食に対する血圧応答に及ぼす異なった塩摂取量の影響を評価している。

 要約すると、観察研究と介入試験は血圧に及ぼす塩摂取量の中程度であるが変わらない影響を記録している。“塩論争”はこれらのデータを社会政策に反映させることに主として関係している。最終的な心血管疾患エンド・ポイントに関する塩と健康試験がないので、集団ベースの減塩勧告は正当であり賢明である。全集団内の血圧値に及ぼす減塩の観察された効果は心血管疾患の発症率低下に反映されることが期待される。多くの保健機関によって勧められている6 g/dに塩摂取量を制限することは健康リスクを引き起こすエビデンスはない。減塩は高血圧患者に勧められるかもしれない。他の食事成分と遺伝的な感受性は両方とも塩と血圧関係に影響を及ぼす。将来、“塩感受性”についての特別な遺伝標識の確認は、減塩で最も利益を引き出せる正常血圧者の確認のための戦略をより目標にすることを可能にするかもしれない。さらに、血圧は他の食品によっても影響され、減塩は血圧を低下させる栄養戦略の一要素に過ぎない。