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科学的難問:どうして食事研究では確実性がそんなに曖昧なのか

A Scientific Conundrum: Why Certainty Is So Elusive in Diet Research

By Peter Whoriskey

The Washington Post, April 6, 2015

 (訳者注: 一律の減塩を勧める保健政策が勧められているが、その科学的根拠はあいまいで、減塩政策を巡る論争が長く続いている。その理由を研究推進の難しさで解説している。)

 アメリカ人はあまりにも多くの塩を食べているかどうかについて数十年間、科学者達は論争してきたが、まだコンセンサスに至っていない。彼らは何でそんなに長引いているのか?一つの食事または他の食事が証明されたという主張が広がっているにもかかわらず、食事が健康にどのような影響を及ぼすかを実際に決定することはまさに挑戦的なことである。塩が適例である。医学的な問題を研究するためには、科学者達は好んでランダム化比較試験を行う。この実験方法は研究における“基準法”としてしばしば使われ、最も信頼性のある結果をもたらす。

 ここに問題の難しさがある:長期間の食事の問題になると、ほとんどできない。概念的に塩問題を調べるランダム化比較試験は簡単であろう:被験者は塩の問題要素であるいろいろな塩分量の食事計画にランダムに割り当てられるだろう。彼らの健康結果が記録されるだろう。しかし、その実験のロジスティクスは驚異的になろう。数千人の患者が登録されなければならず、彼らの食事は注意深く統制されなければならない。その上、ヒトで健康効果が表れるには非常に長い時間を要するので、実験は何年間も行わなければならない。一つの見積もりでは、そのような研究には少なくとも5年間、28,000人の患者を参加させなければならないだろう。そんなことは出来なかった。

 このことは疑問に関してより劣った形式のエビデンスを科学者達に考えさせるだけである。その状態から当然のこととして、このようなタイプの研究はより確実性の低い結果を提供しがちで、それにより一層論争が続けられる。塩論争では、アメリカ人が塩を多く摂取し過ぎているかどうかに関するだけでなく、どの種類の研究が最もつまらなくて考慮しなくて良いかに関しても両陣営は異なっている。

 減塩主張者は高い塩摂取量と高血圧とを関係付けるランダム化比較試験を指摘している。ランダム化比較試験は優れた標準的な方法であり、期間も短くて済む利点があり、それだから実行可能である。これらの研究の弱点は、塩を血圧と関係付けながら塩と実際の健康結果、例えば、脳卒中、心臓発作などとを結びつけていないことである。塩制限の批判論者が述べているように、単に血圧を下げるだけの食事は必ずしも有益とは言えない。

 “瀉血でも血圧を下げる。瀉血は健康に良いことを意味していない。”とニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシンに発表された塩の研究で主研究者の一人であるユサフ・サリムは言った。同時に、アメリカ人は適正な塩を摂取していると主張しているサリムや他の人達は観察研究として知られている研究に目を向けている。観察研究では、研究者達はランダム化された臨床試験で行っているような食事計画を実行できない。科学者達は、人がどれくらい多くの塩を摂取しているかを観察し、彼らの健康状態を追跡するだけである。論争でこちら側が引用した大きな研究努力の二つは観察研究であった。すなわち、ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシンで報告されたPURE(将来の農村都市疫学)研究と医学研究所の2013年報告書に基づいた研究である。

 観察研究は被験者の食事を厳密に管理して得られた結果ではないので、大規模でずっと容易に行える。しかし、その結果、研究の鍵となる弱点の一つは、結果が原因を隠蔽できることである。例えば、多くの塩を摂取した人々は何時の日かに脳卒中や心臓発作を起こす生活様式をしているかもしれない。その結果として、その研究は、他の生活様式による要因で実際にそうなったとき、塩の取り過ぎが健康障害を引き起こした、と間違って示唆することになる。

 この弱点を補うために科学者達は統計的な調整を行う。医学研究所の報告書を発表した委員長であるブライアン・ストロムは、減塩は有害であるかもしれない、と観察研究であるPURE研究は彼を説得させた、と語った。その研究は世界中から100,000人以上を集めた巨大なもので、その方法は比較的正確であった。尿試料で塩摂取量を測定していたからである。

 “彼らの方法はその規模の研究では一番良かった。”とラトガー生物医学保健科学部長のストロムは言った。