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たばこ塩産業 塩事業版  1999.07.25

塩なんでもQ&A

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

 

「生活用塩」への誹謗を考える

 

 先日、ある食品展に顔を出したところ、塩の展示ブースで「日本自然塩普及会」の小冊子をもらいました。内容は、「自然塩にもピン〜キリがある」など、現在の無節操ないわゆる「自然塩ブーム」に疑問を投げかける部分もあり、納得できる箇所もありましたが、どうにもエキセントリックで、結局、「○○の塩」がいいんだよということを言いたいようです。その冊子の中で、「大蔵・専売の大罪とJT塩の大害」という箇所があり(JT塩とは現在のセンター塩、生活用塩のことを指しています)、JT塩はイオン化学塩である、として散々なけなしようです。以前、この蘭で取り上げられた「イオン交換膜製塩法で作られた塩は化学塩でしょうか?−−そうではありませんよ」という内容にも、今さら何を言う、という感じで反駁しています。この小冊子をお送りいたしますので、改めて真偽のほどを解説していただきたいのですが。                                                     (塩元売A)

 貴重な資料をお送りいただき有り難うございました。なるほど読んでみますと、JT塩に対する非難が激しいのに引き替え、伯方の塩に対する思い入れが強いのに驚きました。JT塩については思い違いをして混乱している面がありますし、何を根拠にして伯方の塩が優れているのか判りませんが、科学的な事実を提供し解説しますので、いずれが正しいか判断して下さい。

小冊子の表題と解説内容

 これから述べることが何に書いてあるかを読者に明確にする必要があるかと思います。小冊子の表題は「研修用テキスト自然塩Ver 1.3」となっており、その前に「〔塩〕通説、常識の間違い」と記されております。日本自然塩普及会が1998年10月15日に発行したものです。
 180ページもあり内容は多岐にわたっておりますので、ここではご質問の趣旨に従いまして、[大蔵・専売の大罪とJT塩の大害]の項目について解説し、JT塩と伯方の塩の成分比較などからいろいろと考察してみたいと思います。
 この項目は三つの小項目から構成されておりますので、順にしたがって述べます。

科学的根拠のない論旨
[平成暗黒時代](純塩の恐ろしさが実証された)

 まず、最初の項目が何ともおどろおどろしい表題です。
    JT・純塩化ナトリウム塩を25年間、全国民に強制した人体実験の結論が私
  たちの目の前に出ています。JT塩+猛勉強→東大→22省庁の高級官僚・超エ
  リート。記憶力がずば抜けているだけで倫理観が破壊された脳味噌の片輪者が
  中央官庁に入ってキャリヤーとして国の行政に関わったのです。
とありまして、以下、最近の官民で起こした不祥事の原因をJT塩のせいにするという何とも滑稽な内容です。何を言っても書いても自由とはいえ、何の科学的根拠もないことをべらべら述べることは、嘲笑されることはあっても、傾聴されることはないでしょう。解説をする価値もありません。
   JT塩では倫理観が破壊されることがはっきりしてきました。(中略)JT塩を食
  べ続ける限り脳味噌に罪悪感が無くなる一方なのですからこの種の犯罪・混乱
  はもっと増えるでしょう。自分の家族からこんな人物を出したくなかったらJT
  塩はおやめなさい、気づいたときは手遅れです。

だそうです。
  本当だと思えますか?

電気分解と電気透析を混同
[イオン化学塩](サラサラ塩)

  大蔵省が食用塩を昭和46年にイオン化学塩に全面的に切り替えたのは自作
 自演で国民を巻き込んだ自損行為、天にツバする暴挙でした。

との書き出しで、次に日本専売当局が化学製塩法(小冊子の中の言い方)に切り替えた理由が5点にわたって述べられています。3点目と5点目の理由とそれに続く解説は以下の通りですが、この解説は間違っています。
      B イオン交換膜は海水を電気分解して塩化ナトリウムだけを透過するので汚れが入りません。
専売公社がこのような間違ったことを言うはずがなく、思いこみで書いているように感じられます。海水の主成分は水ですが、水の電気分解ということは学校でも習うことです。水を電気分解すると水分子H2Oの構成成分である水素H2 と酸素O2 に分解され、陰極から水素ガス、陽極から酸素ガスが出ます。ソーダ電解(食塩電解)という言葉も学校で習います。この場合には、イオン交換膜を使って食塩(塩化ナトリウムNaCl)をその成分であるナトリウムNaと塩素Cl2に分解します。ナトリウムイオンはイオン交換膜を通って陰極に行き、そこで水と反応して水酸化ナトリウムNaOHとなり残った水の成分である水素が水素ガスとして陰極から発生し、陽極からは塩素ガスが発生します。
 イオン交換膜製塩法では海水中に溶けてイオンとなっているナトリウムイオンと塩化物イオンを主にして、イオン交換膜を通して集める方法です。海水を電気分解しているのではなく、電気透析をしているのです。また、塩化ナトリウムだけがイオン交換膜を透過するのではなく、カリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、硫酸イオンも透過します。したがって、イオン交換膜製塩法で作られた塩にはそれらの化合物である塩化カリウム、塩化マグネシウム、硫酸カルシウムなどが入っています。

不明確な事実認識も

 D 塩の主成分はNaClであるからニガリは夾雑物であり不要との言い分。実は、湿らないから微粒子化、袋詰めの高速化が可能、コストダウンになる。機械に合わせるために塩の粒子を細かくし、防湿剤(塩基性炭酸マグネシウム)でくるんで湿気を引かなくした。塩を石鹸のpH 10よりも強アルカリのpH 10.8という恐ろしいものにしてしまったのです。

解説されている防湿剤を添加した塩は、イオン交換膜製塩法で作られた塩ではなく、輸入された天日塩を溶解再結晶させた塩で、流下式塩田製塩法時代からある食卓塩です。イオン交換膜製塩法で作られた塩には防湿剤は加えられておりません。
 イオン交換膜製塩法による塩のpHはを見れば分かるように10ではなく8.0で、伯方の塩の8.1とほとんど変わりません。また、塩基性炭酸マグネシウムを添加しております食卓塩のpHは後に述べる文献によりますと9.7で、伯方の塩・焼塩のpHは9.8となっております。伯方の塩の方が石鹸のpHに近くなっています。
  また、表題からサラサラした塩がイオン化学塩であるような印象を与えておりますが、伯方の塩(表を見ると水分が4%程あります)であろうと、乾燥させればサラサラします。イオン交換膜製塩法で作られた銘柄の一つである並塩は乾燥していませんのでサラサラしておりません。カテゴリーの違う物を結びつけて誤解させるような表現をするべきではないと思います。
  にがりは夾雑物に違いありませんが、製塩工程でこれを完全に無くすることはできません。夾雑物の多寡が問題なのであって、入り浜式塩田製塩法時代の塩に含まれているほどのにがりは不要ですが、流下式塩田製塩法時代の塩に含まれている少ないにがりの量とイオン交換膜製塩法による塩に含まれているにがりの量とは大差ないのです(1997926日号「昔も今も変わらぬ自然の贈り物・塩」を参照)。   JT塩は機械文明の領域、科学的・経済的なものです。今では、化学塩と言
  われることを嫌い、たばこ産業弘済会発行の『たばこ塩産業』平成9(1997)年
  5月25日号で「イオン交換膜製塩法で作られた塩は化学塩でしょうか?」など
  と、打ち消しに懸命ですが、既に31年も前に塩業組合中央会発行の月刊機関紙
  『塩業時報』昭和41年(1966)年12月20日発行、第18巻第12号No.227号で「赤穂
  海水工業〜〜〜イオン交換樹脂膜による化学塩製法は8月10日に日本専売公社
  から許可されました。…全国初の化学製塩時代に入った」と麗々しく書き立て
  ているのです。

日本自然塩普及会も筆者が書いた記事を読んでくれていることは有り難いことです。皆さんはこれを読んで、きっと日本専売公社が「化学製塩時代に入った」と書いているものと思うでしょう。実は、これは毎日新聞の新聞記事を『塩業時報』の時事雑報のコーナーで転載紹介している中に書かれています。その内容を引用して、さも日本専売公社が書いているように読者を誤解させているのです。誠に巧妙な表現を用いて読者を欺いています。伯方の塩の宣伝に懸命になるあまりに、調べれば誰がそう言っているかすぐ分かることを、なりふりかまわず書いたものと思います。筆者はイオン交換膜製塩法による塩が化学的に合成された塩ではないという事実だけを述べただけです。

時代変化を踏まえた議論を
[新家庭塩の暴挙]

   専売当局は…イオン交換膜製塩に切り替えるに当たり「ニガリは夾雑物であ
  る、ニガリは食塩に不要。食塩はNaClの純度が高いほど良い、国は純塩化ナト
  リウムだけを造る」と明言し、「国が製造しない塩の種類で民間からの要望が
  有れば希望者に製造を委託して『特殊用塩』と言うカテゴリーで需要に応じる」
  と言い切って伯方の塩、天塩などに「委託」していたにもかかわらず、自然塩
  の売れ行きが有望と見て、その21年目の平成6年4月1日から専売当局は『新
  家庭塩』なる、イオン交換膜塩にその交換膜から分離されたニガリを再度添加
  しただけのインチキ塩を発売しました。
要するに、需要の少ない種類の塩を『特殊用塩』として委託製造販売できるように棲み分けさせておきながら、『特殊用塩』の市場が大きくなってきたら、伯方の塩などが育ててきた市場に参入して市場を荒らすのはけしからん、というわけです。しかし、政策は時代の要請によって変わるものです。92年間続いた塩専売制度も廃止されました。サラサラした塩ではなく、湿ってしっとりとした塩を多くの国民が望むようになれば、国民に不便をかけていることになるのですから、その要望に応える製品を売り出したのは専売制度として当然のことだったのではないでしょうか。

伯方の塩とJT塩(食塩)の成分比較

 この冊子は一貫して、JT塩は悪く伯方の塩が良い、と書いていますので、成分比較から本当にそのように言えるのか見てみましょう。東京都消費生活総合センターの分析値もありますが、より詳しいデータが日本調理科学会誌322(1999)に資料として市販食塩の品質の表題で掲載されております。その中から食塩と伯方の塩のデータを抜き出して表にしてみました。
 まず、伯方の塩は水分が4%程もありますので、食塩と同じレベルに換算して比較しました。そうすると塩化ナトリウムの純度は食塩の99.57%に対して伯方の塩が98.80%となり両製品に大差なく、伯方の塩も相当な高純度であることが分かります。にがり成分は多い物もあり、少ない物もありますが、目くじらを立てるほどのものではありません。伯方の塩にCaSO4 が多いので一見カルシウムが多くて良いように思われますが、石膏のカルシウムは溶けませんので、身体に吸収されることはなく、栄養素としてのミネラルにはなりません。
 主要成分としては食塩には塩化カリウムが多く、伯方の塩には硫酸マグネシウム、塩化マグネシウムが多いことが違いと言えば違いです。微量成分となると随分違いがあることが解ります。NDとは分析しても検出されなかったことを表しています。食塩では検出されない多くの微量成分が伯方の塩では検出されております。すなわち、ホウ素、アルミニウム、マンガン、鉄、亜鉛が検出されておりますが、この原因は原塩(輸入塩)を溶かす水の水質によるものか、煮詰め装置の材質成分が溶け出していることが考えられます。
 塩のpH8.08.1ですからあまり変わりません。塩の平均粒径は425ミクロンと475ミクロンで、幾分、食塩の方が小さいですが、表には示しませんでしたが粒径は食塩の方がよく揃っており、伯方の塩の方がバラツキが大きくなっております。
 以上、日本自然塩普及会の言い分が正しいかどうかを判断する科学的なデータを判断材料として提供しました。皆さんはどう判断されますか?

伯方の塩と食塩(JT塩)の成分比較
   製品名          主 要 成 分 (%)  微 量 成 分 (mg/kg) pH 平均粒径
加熱減量 NaCl MgCl2 CaCl2 MgSO4 CaSO4 KCl Br B Al Mn Fe Zn Sr μm
食塩 0.19 99.57 0.06 0.03 - 0.02 0.18 758 ND ND ND ND ND 1.8 8.0 420
伯方の塩 4.20 94.83 0.16 - 0.28 0.33 0.07 138 3.8 0.6 0.5 1.0 0.3 30 8.1 475
(加熱減量を0.19に調整) 0.19 98.80 0.17 - 0.29 0.34 0.07
注:加熱減量は水分のこと。NDは検出されないこと。