たばこ産業 塩専売版  1993.06.25

「塩と健康の科学」シリーズ

日本たばこ産業株式会社海水総合研究所所長

橋本壽夫

介入試験(1)

高血圧者の減塩または増塩効果

 疫学調査で食塩摂取量が高血圧の発症率に関係ありそうなことが示され、食塩摂取量が高血圧症の原因であるという仮説が立てられた。それを証明する手段の一つとして介入試験がある。実際に食塩摂取量を減らしたり、増やしたりして通常の食生活に介入し、血圧にどのような影響が現れるかを調べる試験である。再現性よく有意な影響を及ぼす結果が得られれば、仮説は証明されたことになり、得られなければ仮説は間違っていたということになる。これからいろいろなケースについての介入試験結果を紹介する。
 食塩摂取量が多いために血圧が上昇するのであれば、減塩すれば血圧は下がるであろうと期待するのは当然のことである。したがって、高血圧者の血圧を下げようとして減塩介入した試験結果は数多くある。その中からいくつかを示す。

減塩で高血圧は治るか

 45年ほど前に考えもしなかった減塩による食事介入で高血圧がよくなった例がある。この報告は減塩すると血圧が下がると短絡的に考えられるようになった一因となった。
 つまりケンプナーは重症の高血圧患者に対して米と果物だけで、塩分を一切与えない食事(ライス・ダイエットと呼ばれた)を数ヶ月にわたって患者に与え、500人の患者のうち322人に効果があり、178人に効果がないという結果を得た。効果は平均動脈血圧が少なくとも20 mmHg低下したというものであった。この食事中の食塩は0.35グラム以下であり、現実的に対応できる療法ではない。まずい食事のために食欲がわかず、体重が減って血圧が下がるという効果もあり、腎臓機能障害の患者で血圧を下げることがあっても減塩で本態性高血圧が治るということに対しては批判がある。

減塩で血圧は下がるか

 高血圧患者に緩やかな減塩(46グラム食塩/)を行って血圧の降下を調べた介入試験結果がいくつかある。その結果はバラバラで下がる場合もあるし、変わらない場合もある。どうしてそのように変動するのか、これまでの試験から次のように考えられている。
  @ 食塩摂取量が血圧にほとんど影響を及ぼさない限界量がある A 食塩制限試験の期間に長短がある B 食塩の血圧上昇効果は若い頃に高い時期がある。
 食塩摂取量の限界量については、6グラム/日以上に食塩摂取量が増加しても、集団全体の高血圧発症率にあまり影響を与えない。約4グラム/日以下では多くの人々は高血圧症を治すことができる。約2グラム/日以下の摂取量しかない社会では高血圧症がない。
 どこが限界量であるかについては論争中で、に示すように36グラム/日の間にあると推定されている。

食塩摂取量と高血圧発症率との関係
            図 食塩摂取量と高血圧発症率

減塩で投薬治療を止められるか

 ラングフォードらは5年間以上も薬を飲んで治療を行ってきた高血圧患者を対象にして、薬を欽むのを止めて減塩したとき、薬を飲まなくてもよい期間をどのぐらい延ばせるかについて調べた。
 その結果、減塩食を取った患者の約60%が尿中の食塩排泄量(食塩摂取量と同じ)5.9グラム以下に減らすことができ、このように減塩に成功した患者の54%は少なくとも56週間(1年間)にわたって薬を飲まなくても、血圧は良好であった。しかし、5.9グラム以下まで減塩できなかった患者でも、56%は薬を飲む必要がなく、薬を飲まなくてもすむ原因が減塩によるものかどうか不明確であった。そこで減塩に対してよく応答し、薬を飲まなくてもすむような何か他の要因があるのかどうか調べてみたが判らなかった。また、減塩した患者と対照として減塩しなかった患者を比較すると、減塩の成功、不成功にかかわらず、減塩食に対する血圧応答にはほとんど差がなかった。このようなことから、減塩食を食べると減塩以外の要因により血圧が下がる可能性がある。例えば、肥満者の場合、減塩は血圧に効果がなくても、減量は効果がある。

食塩負荷で血圧は上がるか

 高血圧者に食塩を多く取らせた時の血圧の応答は正常血圧者に対する応答よりも大きくはないといわれている。少なくとも3件の研究で、通常の量から1518グラム/日に増加しても血圧に何の変化もなかったとしている。減塩によって血圧を下げるよりも食塩負荷によって血圧を上げるほうが難しい、とのことである。
 以上のように高血圧者に対する減塩または増塩介入で血圧への応答は一律ではなく、食塩仮説は証明されていない。