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たばこ塩産業 塩事業版  2014.5.25

塩・話・解・題 110 

東海大学海洋学部 元非常勤講師

橋本壽夫

減塩政策の実態と問題点

米疫学誌がレポート

 

 過剰な塩摂取量が血圧を上昇させ、冠状心疾患や脳卒中を引き起こす主要因とされ、アメリカでは全員に減塩を勧める保健政策が採られている。この政策決定に対する科学的根拠の種類や精度、他国の減塩政策実態、減塩に対する利害関係機関の役割と影響を論じた論文がAnnals of Epidemiology(疫学会誌2012;22:417-425)に掲載された。その中から紹介する。

 

政策立案 「根拠」が必要

 共著者7人の筆頭者はジョーンズ・ホプキンス大学の予防・疫学・臨床研究ウェールズ・センター長のアペル博士。慢性腎臓疾患、高血圧症、内科学の専門家で心臓血管と腎疾患の予防、高血圧症、生活様式の改善に関心を持っている。

一般的に多くの慢性疾患は、しばしば栄養的に最適状態ではない食生活を長く続けていることに基因している。これらの疾患を予防するために科学的根拠に基づいて政策を立案し、高血圧症、アテローム性動脈硬化症、それらの後遺症による医療費を減らすことが重要である。

 生活様式の中で特に食事に関する要因に関連した政策の立案は生態学的研究や長期間の観察研究を含む疫学的根拠に基づいている。基礎がしっかりしている臨床試験の結果も立案に役割を果たしている。

しかし、脳卒中、心筋梗塞、死亡といった厳しい結果をもたらす生活様式の要因に関連した試験を集団全体で行うことはできないので、政策は立てられない。塩摂取量に関する政策立案にあたっての情報を提供する。

 

血圧との関係 証明には限界

 塩摂取量が血圧上昇の主要因と考えるが、生活様式の他の要因は肥満、カリウム不足、酒の飲み過ぎ、不適切な食事パターン、運動不足などがある。過剰な塩摂取量の血圧に及ぼす悪影響に関する科学的根拠は動物試験、移住研究、生態学的研究、長期間の観察研究、臨床試験、試験のメタアナリシスなどに基づく。

 しかし、基礎となる科学的根拠にはいくつかの限界がある。第一に、塩摂取量の測定は方法論的に難しい。一番良い標準的な方法は24時間尿中ナトリウム排泄量の測定であるが、これでも尿収集が不完全であれば不正確になる。さらに、日々の変動が大きく、塩摂取量と疾患や死亡といった最終結果と関係付けようと精度を上げるには数日間の反復尿測定が必要だ。この方法論に関する問題はしばしば相反する結果を出していることだ。

 第二の問題は採用できる科学的根拠の種類と許容できる精度に関係している。くじ引き(試験区分の割当を無作為に行う)臨床試験が一番強い種類の科学的根拠である。集団で心臓発作や脳卒中のような最終結果の測定で、減塩による疾患の減少という最終結果が統計的に十分有意であることを検出するには極端に大きな試料数と予算を必要とするので、確かな臨床結果をもたらした試験はこれまでにない。

 

米当局 背景無視し勧奨

 このような背景があるにもかかわらず、過剰な塩摂取量と高い血圧とを関係付ける多くの科学的根拠により、多くの学術団体や政策立案当局は全ての人々に減塩を勧めてきた。2010年のアメリカ食事ガイドラインは黒人、51歳以上の人、慢性腎臓疾患、糖尿病、高血圧患者には3.8 g/日以下、他の全ての成人には5.8 g/日以下の塩摂取量を勧めている。

 最初の食事ガイドラインは1980年に出され、その後、5年毎に改訂されるとともに減塩に向けての様々な施策が提案されてきた。しかし、平均推定摂取量は8.6 g/日と勧告値を大きく上回っている。この高い値は過去40年間続いている。

 

世界の傾向 32か国で推進

 世界中で減塩志向が進んでいる。世界保健機構は2003年に成人の塩摂取量を5 g/日以下にすることを勧告した。EU(欧州連合)2008年に4年間で加工食品中の塩を16%減らす減塩の枠組みを設定した。国連は食品中の塩を減らすように民間産業に要請し、国には減塩戦略や子供にとって塩含有量の多い健康に良くない食品市場を減らす勧告を実行するように要請した。

 減塩戦略を行っている国は32か国におよび、その内の28か国は政府によって主導されている。2か国を除いてすべての国は食品の処方箋の再構成を促進させるか、あるいは計画中であった。ポルトガルとアルゼンチンだけが当時の規則を使う計画であった。イギリス、フィンランド、日本、フランス、アイルランドは減塩戦略が有効であることを示した。

 

関係機関 利害、政策に影響

 減塩政策に対しては利害関係が生ずる。そのせめぎ合いの中で政策は決定される。その観点からアメリカで減塩政策に影響を及ぼす機関、団体、組織には次のようなものがある。

公衆保健専門機関

 アメリカ医学協会、アメリカ公衆保健協会、アメリカ心臓協会に限らず数多くの専門機関が全ての人に減塩を勧めている。最近、アメリカ高血圧協会は減塩を勧めるガイドラインを発表した。

科学者

 開業医、公衆保健担当者、疫学者、臨床研究者、幅広い分野の科学者達は過剰な塩摂取量を病因論的に血管疾患と関係させて、主要な公衆保健問題と見做している。しかし、何人かの科学者達は関係を別のことと考えている。

 民間産業に影響を与える可能性のある研究分野では、利害の対立が関心事である。食品産業は栄養研究者に資金を提供している。さらに、何人かの科学者達は塩摂取量に関して経済的な利害関係を持っている塩生産の同業者団体である塩協会のコンサルタントになっているか、なってきた。

政府

 健康に及ぼす塩摂取量の影響は多くの政府関係機関の大きな関心事であった。アメリカの農務省と保健福祉省は5年ごとに食事ガイドラインを発表し、1980年以来、変わりなく減塩を勧告してきた。全てのアメリカ人の健康を改善するために政府の10年目標である「健康な人々2020」には減塩に関する事項が2件含まれている。

 国立心肺血液研究所は塩摂取量の保健効果に関する基礎、臨床、疫学研究に資金を提供してきた。同所の国民高血圧教育計画は高血圧の予防・治療ガイドラインを開発し、血圧管理を改善することを目標にした専門機関と政府機関の連合組織に知らせるとともに減塩を促進させてきた。最近の組織変更で減塩努力を継続しながら、心臓血管疾患の主要な危険因子を管理する教育も行うこととなった。

 疾患予防管理センターはいくつかの減塩推進運動を支援している。2010年には健全な食品環境を地域的に作り出して減塩を進める減塩社会計画を発表した。国民保健栄養試験調査の一環として政府は24時間食事思出法による塩摂取量の調査を行っている。

民間企業・団体

 民間企業の営業に関連した利害関係を持つ組織・団体は国内レストラン協会、食料品雑貨製造者協会、商工会議所、塩協会のような同業者団体と同じく食品を製造、供給、販売する幅広い産業界を含んでいる。いくつかの会社や団体は減塩政策に反対してきた。

反対に多くの会社が進歩的な態度を取っており、単独または国民減塩推進団体と協力して販売や生産する製品中の塩含有量を減らすことに同意してきた。

他の利害関係グループ

 減塩について多く反対の声を上げている団体の一つは消費者自由保護センターである。それは“自己責任を奨励し、消費者の選択を保護する非営利機関”と自称している団体。加工食品中の塩を減らす努力を“過保護国家”政策と称して新聞、ラジオ、テレビで広報活動をしている。

 強力な減塩支持組織は2005年に設立された非政府団体の塩と健康に関する世界活動(WASH)である。この組織は減塩活動を推進させようと多国籍食品会社や政府を支援して、世界中の塩摂取量を次第に減らす目的を持って作られた。ほとんどのメンバーは科学者と公衆保健専門家で、塩だけに焦点を絞って問題を主張するグループである。

多くの問題を取り扱う非政府機関の公益科学センターは長年にわたって減塩に関心を持ってきた。公益科学センターは報告書『塩、忘れられた殺人者』を出し、規則で減塩を進める強力な推進者であった。

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米ガイドライン 摂取量の見直しも

保健政策として減塩を勧める科学的根拠は何か。その精度はどうか。根拠に問題はないか。どこまで減塩すれば良いか。減塩に対する世界の動向は。減塩政策に対して利害関係にある機関・団体と言ったことを紹介した。

ほとんどの組織が減塩を勧めている。しかし、自由を尊重するアメリカでは規制によって一律に減塩政策を押し付ける国家を過保護国家と揶揄する組織があり、減塩政策に反対して消費者の自己責任で自由に商品を選べるように広報活動を行っていることを知った。

 減塩政策を勧める科学的根拠の精度には方法論的に限界があることを述べている。その限界の現れか、最近、医学研究所が発表した塩摂取量の実態調査で塩摂取量の目標値に問題を提起したことから、食事ガイドラインの塩摂取量が見直される可能性が出てきた。