たばこ塩産業 塩事業版 2013.1.22
塩・話・解・題 94
東海大学海洋学部 元非常勤講師
橋本壽夫
進化する特殊製法塩
海水からの塩作りには水分蒸発に膨大なエネルギーコストを要する。輸入天日塩を海水で溶解して作る塩の飽和かん水を煮詰める塩作りでは大幅にエネルギーコストを削減できる。できた塩は法律上特殊製法塩に分類される。さらなるエネルギーコスト節減と生産性向上を目指し、真空式蒸発釜により特殊製法塩を製造している伯方塩業株式会社大三島工場を見学した。
伯方塩業(株)を訪ねて〜大三島工場の製造工程を辿る〜
優位な立地条件がお強みに
瀬戸内海に点在する島々の中に大三島、伯方島があり、それらの島々を尾道市から今治市までをつなぐしまなみ海道が走っている。伯方塩業(株)の発祥の地は伯方島であるが、2000年にその一つ本島よりの大三島の西側宮浦港に近いところに真空式蒸発釜を設備した大三島工場を建設した。原料供給する三ツ子島からも近く、輸送コストを軽減できる。
愛媛県、広島県の瀬戸内地域には、多くの造船所があることから設備建設資材を容易に調達でき、装置設計・製造の技術者も雇用できるという。したがって、蒸発装置をはじめ様々な機器の製作や修理も社員が行える体制を工場は整えている。
近くには、全国に約700社ある三島神社の総本社であると言われる大山祇神社 がある (静岡県三島市にある三嶋大社を総本社する説もある) 。観光バスで参拝に訪れる際に工場見学をする団体客が多く、筆者が取材中にも2団体が訪れた。
このように原料塩、製品、燃料などの物流、工場の保守管理、広報の面で大三島工場は優位な場所に立地している。
真空式蒸発釜で効率化
メキシコやオーストラリアから輸入された天日塩は、メキシコ塩は呉市沖の三ツ子島の保税地に陸揚げされ、そこから小型船で宮浦港を通して、オーストラリア塩は松山港に陸揚げされ、そこからダンプカーで工場に運ばれる。溶解槽に入れられた塩は、工場の沖合約500m、水深10mから取水された海水で溶かされ飽和かん水となる。かん水はろ過され、写真1に示す二重効用蒸発釜に給水される。結晶した塩をかごに入れて水切りし、屋内に積み上げ、水分3.5%程度まで自然乾燥。その後は粗塩とする製品と焼塩にする製品とで工程が分かれる。焼塩ではロータリーキルンで塩を焼く。再び工程は同一となり粗塩、焼塩ともにふるいや除鉄機などを通って包装される製造工程となっている。
写真1 第一蒸発缶にボイラーからの蒸気がカランドリアに入っている。向こう側に第二蒸発釜(真空釜)
があり、さらに向こう側にもう一組の蒸発釜がある。
二重効用真空蒸発釜は2組ある。この蒸発釜は釜上に攪拌機を持ち、釜の胴部に熱交換器を持つカランドリア型(製糖の蒸発釜に使われており、製塩でも現在のイオン交換膜製塩法になるまでは使われていた)である。カランドリアの中央には撹拌翼が挿入され、釜内液を下へ押し下げて撹拌するダウンテーキ(降水管)がある。
おなじみのあのメロディが
写真は工場入口に展示されている伯方の塩チャイムで、長さの違うパイプが吊り下げられており、右下に見える小槌で左側から順に叩くとテレビCMでおなじみの伯方の塩のメロディが奏でられる。このパイプ、実はカランドリア熱交換器の伝熱管で、吊り下げている枠は管板だ。伝熱管は太く直径が8 cmほどもあり、肉厚は5 mm以上はあろう。
人気の伯方の塩チャイム
第一効用蒸発釜は直径が3.5 m程度もあろうかと思われる大きさで、蒸発蒸気は第二効用釜の熱源として供給される。しかし、第一効用蒸発釜の特徴は大気開放になっていることだ。これにより圧力容器の規制を受けないので法定検査を受ける必要はない。その代り、運転条件により第二効用釜への供給蒸気に空気が入り伝熱効率を下げることもある。第二効用蒸発釜の蒸発水蒸気はバロメトリックコンデンサー(水蒸気と冷却水が直接接触により熱交換されて蒸気が凝縮する効率の良い凝縮器)で水となり、蒸発釜の真空度を上げて低い温度で沸騰蒸発させられる。沸騰温度は冷却水の温度に支配され、温度が低いほど真空度が上がり、低い温度で蒸発できる。冷却水はクーリングタワーで冷却され循環使用されている。
24時間連続運転されているが、給液・排出は連続ではなく回分で行われる。20 m3の飽和かん水を張り込み、8時間で1回の操作を終えるとのこと。天日塩を海水で溶かすため、煮詰め中に海水中の硫酸カルシウムがスケールとして伝熱管表面に着く。1週間で1 mm程度の厚さになり、伝熱を悪くするので高圧水で洗浄除去する。
ニガリは製品としないで、その中の成分が塩製品に移行するように飽和かん水中に加えるので、伝熱管への石膏スケールの付着は少なくなるはずだ。スケール付着防止法として専売時代に開発された苦汁注加法を利用していると思われる。
設備されている二重効用真空蒸発装置は、蒸発蒸気を有効利用していた昔の蒸気利用式蒸発装置を立釜にして真空式蒸発釜にすることにより高度に効率化された蒸発装置と考えられる。
使用燃料は蒸発釜用にはA重油、焼塩用にはプロパンガスを使用しており、どのようにして燃料費を下げるかが課題であろう。
枝条架付き流下式塩田を再現
1953年から始まった入浜式塩田から流下式塩田への転換、さらにはそれに枝条架(立体濃縮装置)を付設することによって雨が降らない限り昼夜を問わず海水を濃縮できるので、生産量が飛躍的に増加した。
伯方塩業は塩田製塩法による塩を作りたくて創業した。専売時代にはそれが出来なかったが、塩専売法の廃止により禁止されていた海水からの製塩が可能となり、2010年に写真2に示す枝条架付きの流下式塩田を建設した。枝条架式立体濃縮装置の制作は、かつての流下式塩田製塩者の力を借りて設計し、従業員の手で自作したという。流下式塩田製塩法の技術を伝承して行きたいとの願望もあるようだ。流下式塩田の枝条架と塩田との面積比は1:10であるが、用地がないため現在の設備は1:2となっている。これまで濃縮性能試験でデータ収集を行ってきた結果、イオン交換膜濃縮法と同程度の18%までも濃縮されることが分かった。やがては念願の塩田製塩法による塩製品が販売されることになるだろう。
フルール・ド・セルの製造も
製品は製造工程でも述べたように粗塩と焼塩だけである。7:3程度の比率で生産され、一般用と業務用に分けると8:2の比率になるという。包装袋には、原材料名として天日海塩(93%)と海水(7%)と記載されており、輸入天日塩を溶かして飽和かん水を作るために使用する海水由来の塩が混じっていることを示している。伯方塩業は3工場の製塩設備を持っており、同じ銘柄の「伯方の塩」粗塩でも製塩工程として溶解(天日塩溶解)・立釜(煮詰め)と溶解・平釜の2通りに書き分けられている。
平釜で煮詰められた塩の結晶は一般的に凝集結晶になり、立釜では単一の立方体結晶になる。しかし伯方の塩はいずれも凝集結晶タイプだが比較的立方体に近い単一の結晶が多く、結晶表面は凸凹しており、粗塩の感じを維持している。立釜でこのような結晶を作るには撹拌の状態が決め手となるのであろう。
大三島工場では製造していないが、変わった商品としてフルール・ド・セルを製造・販売している。フランス語で塩の花を意味する。平釜で煮えたぎらせないでゆっくりと濃縮すると、液表面で薄い塩の結晶ができ、きれいなホッパー型の塩になることがある。結晶は沈んで底に折り重なった物が収穫される。ガサガサした感じの塩で溶けやすく、トッピングに使われる。
特殊製法塩は一般的に平釜で製造されるが、エネルギーコストの削減や生産性の向上を目指して進化してきた立釜による真空式蒸発釜の工場を紹介した。