たばこ塩産業 塩事業版 2012.3.25
塩・話・解・題 84
東海大学海洋学部 元非常勤講師
橋本壽夫
北アメリカにおける高速道路の融氷雪管理
塩で豪雪被害を予防することを私案も含めて述べた先月の紹介記事に引き続き、最も進んだ融氷雪法を実施している北アメリカにおける高速道路の融氷雪管理について紹介する。内容はアメリカ塩協会のホームページに掲載されている手順書から抜き出されたもので、研修・訓練を行い、年間を通して融氷雪に対応している。
「戦う男のハンドブック」
英語のfiremanは日本語では消防士だ。つまり火を消す男。それではsnowmanは何であろうか?研究社の辞書によると雪だるま、雪の研究家、雪男となっている。雪を消す男といった意味の訳語はない。日本では歴史的にそのような作業を仕事としてする人がいなかったからであろう。ところが欧米でもそのような仕事を専門的にする人はいなかったので、英語にも言葉がない。アメリカ塩協会ではそのような仕事をする人をsnowfighterといっている。雪と戦う男ということであろう。消防士と違って欧米でも歴史の浅い仕事であることが分る。
同協会は、雪や氷を溶かす仕事の手順書として「The Snowfighter’s
Handbook」を1967年に初めて出版。2007年にその40周年記念版を発行した。それによると、カナダの冬はアメリカよりも気温が低く、雪嵐に見舞われることも多いため、毎年6か月間も融氷雪に対応しなければならないようだ。日本ではそれほど長い期間ではないので、どうしても一時的な対応にならざるを得ず、独自の方法を開発すべきであろう。
吹雪、豪雪、凍結の予報で降雪や氷結の前に、あるいは積雪や氷結した道路をスノーファイターが適切に処理しなければ、人々の日常生活・行動は著しく混乱し、交通事故、転倒による死者、負傷者の続出と交通遮断による経済活動の麻痺で社会の安全性は損なわれる。そのため積雪防止、凍結防止、除雪、融雪、融氷などの手段が採られる。
冬期道路の保守管理に携わる人達に対しての適切な訓練は必須で、作業遂行のノウハウを学ぶ。秋に行われる訓練計画事項については次のようなことが盛り込まれている。
@ 共同作業の重要性:除氷雪と散布道路の認識。効果的な無線対話。大雪警報システム。警察、他の公共機関やメディアとの共同作業。
A 器機−その操作法と保守管理法:除氷雪機、散布機、噴霧機、それらの制御機器。積載機。緊急修理場と給油所。予防的な保守管理の重要性。
B 融氷雪の方法:塩の作用機構。塩散布の方法と時期。凍結防止と融氷雪。散布量。特別な豪雪条件。特別な融氷雪問題(橋梁、曲線登坂、駐車場、交差点)。再度の塩散布時期。
C 冬期保守管理政策の見直し:緊急除雪ルート。駐車場の配置。運転者の救助法。保守管理者による広報活動の重要性。
D 安全確保の実践:安全装置。安全確保手段の実践。
E 議論、疑問、回答:保守管理者や現場監督者に検討結果チェックリストの携帯要請。
温度、降雪の種類、道路の表面状態に応じて除雪や塩散布の方法は変わる。どのような状態にあるときにどのように融氷雪するか、ガイドラインがある。ガイドラインは5種類の状態に分類されており、それを表1に示す。単位が華氏温度、マイル、ポンドで書かれているので摂氏温度、km、kgに換算して示した。この散布量は非常に少なく感じるが、日本の道路幅で考えるとkm当たりの散布量はもっと少なくなりそうにも思える。しかし、実際には自動車が走る幅はそれほど変わらず、その部分だけ散布するので、ほぼ同じと考えれば良いのかも知れない。
表1 融氷雪剤散布のガイドライン | |||
下表はいろいろな状態の豪雪と戦うためのガイドラインである。現場の状態と政策が最終的な決定要因となる。 | |||
状態1 | 温度 | マイナス1℃付近 | 雪や霰であれば、2車線km当たり141 kgの塩を散布する。雪や霰が降り続いて積もれば、除雪と塩散布を同時に行う。みぞれであれば、2車線km当たり56 kgの塩を散布する。雨が降り続いて凍れば、再度2車線km当たり56 kgの塩を散布する。凍結防止処理を考慮する。 |
降雪 | 雪、霰、みぞれ | ||
道路表面 | 濡れている | ||
状態2 | 温度 | マイナス1℃以下 | 積雪量に応じて2車線km当たり85-226 kgの塩を散布する。降雪が続き積もれば、除雪と塩散布を繰り返す。みぞれであれば、2車線km当たり56-113 kgの塩を散布する。念のため凍結防止と融氷処理を考慮する。 |
降雪 | 雪、霰、みぞれ | ||
道路表面 | 濡れて滑り易い | ||
状態3 | 温度 | マイナス7℃以下 | 出来るだけ早く除雪する。塩散布はしない。除雪し続け、湿っていたり、固まっていたり、氷で覆われた所をチェックするためにパトロールし、その場所に重点的に塩を撒く。 |
降雪 | 乾いた雪 | ||
道路表面 | 乾燥している | ||
状態4 | 温度 | マイナス7℃以下 | 必要であれば2車線km当たり169-226 kgの塩を散布する。雪や霰が降り続いて積もれば、除雪と塩散布を同時に行う。温度が上昇し始めれば、2車線km当たり141-169 kgの塩を散布し、除雪する前に塩が効くのを待つ。安全な舗装道路が確保されるまで続ける。 |
降雪 | 雪、霰、みぞれ | ||
道路表面 | 湿っている | ||
状態5 | 温度 | マイナス12℃以下 | 2車線km当たり226 kgの割合で塩を散布するか、2車線km当たり423-564 kgの割合で砂と塩を混ぜて散布する。雪や氷が砂とまじってどろどろになったら、除雪する。必要に応じて塩散布と除雪を繰り返す。 |
降雪 | 雪、みぞれ | ||
道路表面 | 圧縮雪、氷 | ||
注:状態1と2では軽く56 kgの散布を状態が続く限り反復する。 |
塩散布は時期が非常に重要だ。降雪前にかん水(塩水)をまくが理想的だが、できない場合は雪や氷を道路表面と氷結させないように、降雪が始まるとすぐに塩を散布する。氷雪制御には多くの変動要因があり、容易な解決策はない。要因には道路表面温度、外気温度、舗装の種類、日照、交通量、車両速度、風向と風速、降雪の種類、地形の状態、湖や海の影響、日陰の場所、風による冷却効果などがある。事前のかん水散布は最もコスト効果のあるオプションである。
タイヤで跳ね飛ばされた雪の溶ける様子を観察することで、再び塩を散布するかどうかを決める。半分溶けた雪が柔らかく水のように広がれば、塩はまだ効いているが、雪が固まり始めタイヤの後ろに跳ねられ出したら、再び塩を散布する時期である。橋、交差点、駐車場、坂道、曲道を最初に散布する。インターチェンジには特別な注意を払う。
あらかじめかん水で湿らせた塩の散布には次のような利点がある。湿った塩は舗装道路に付着し、跳ね返り飛散による損失を減らすので、使用する乾物量を20〜30%節減できるし、走行/散布速度を増加できる。溶融作用が早く始まる。
凍結防止は融氷雪とは異なる意義がある。道路表面と氷雪との結合防止のために予め降雪前にかん水を散布する。融氷雪に対する積極的な方法で、一連の融氷雪戦略の中で第一候補となる。適切な時期に凍結防止剤を散布することによって、伝統的な融氷雪と比較して安全な道路表面を維持する費用を90%節減できることが研究によって示された。マイナス9 ℃以上の凍結防止では塩水が最も効果的である。
凍結防止剤散布には次のような利点がある。道路表面を早急に正常化し、事故や渋滞を少なくする。大気中の埃や塩粒子を減らす。氷雪の溶解作用を促進させる。風や車両による道路からの飛散が少ないので、資材が有効に使われる。降雪前で作業が容易。効率上昇で融氷雪剤の使用量と人員の低減により費用が削減される。使用量減少は環境問題の軽減になる。
凍結防止剤には塩化ナトリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、酢酸カリウム、酢酸カルシウムマグネシウムがある。それぞれの物質には物質特有の長短がある。最も一般的な物質は岩塩を水で溶かした約23.3%のかん水である。これはマイナス21 ℃まで有効である。機関によってはこの温度以下で有効な塩化カルシウムや塩化マグネシウムのかん水を使うことがあるが、塩よりも6倍以上も高価なうえ、取り扱いはもっと難しい。道路表面に残ったこれらの塩類は塩よりも低い相対湿度で吸湿し、いくつかの状況下では危険で滑りやすい状態となる。例えば、道路温度がマイナス2 ℃以上では非常に滑りやすくなり暴走の原因となる。筆者の住んでいる神奈川県や東京都でも塩化カルシウムを散布している状況や道路を見ることがあるが、その悪影響については聞いたことがない。
以上、融氷雪手順書の骨子を述べた。20ページに及ぶ手順書であるので、その他の事項についてももっと詳細に述べてある。訳文をホームページに掲載したので、関係者には参考にして頂ければ幸いである。