たばこ塩産業 塩事業版 2012.2.25
塩・話・解・題 83
東海大学海洋学部 元非常勤講師
橋本壽夫
豪雪被害 塩で予防を
昨年の豪雪被害に続き、この冬も豪雪で毎日のように積雪の様子がテレビで放映され被害も出ている。平成18年豪雪時の交通事故件数を既に上回ったニュースも流れた。雪崩は予防できないが、交通被害や雪下ろし作業は何とかならないものかと胸が痛む。筆者のホームページで、1月の1ヶ月間に最もアクセスされたサイト「塩が融氷雪剤に利用される理由は」(379件)であり、全体の22%を占めた。塩で豪雪被害を予防することについて考えてみた。
塩の融氷雪作用
気温・散布時間が重要
塩が水に溶けると、図1に示すように溶けた塩の濃度に応じて水が凍る温度、つまり氷点が下がる。これを氷点降下と言う。
塩の氷点降下は飽和濃度の塩溶液でマイナス21.3℃である。このことは塩の飽和溶液(温度により濃度は異なってくるが約26%)ではマイナス21.3℃で液体(水)と固体(氷)が共存することを表している。したがって、例えば、マイナス10℃の雪や氷は11.3℃も高い温度水準にあるので、周囲の雪や氷、空気や地面から熱をもらって溶ける。これが融氷雪に塩が使われる理由であ
る。
雪や氷の温度が下がると温度差が小さくなるので溶けにくくなり、マイナス21.3℃以下になると溶けなくなる。その場合には図1に示されているさらに大きな氷点降下を持つ物質である塩化マグネシウムや塩化カルシウムが使われる。1 kgの塩がどの位の雪や氷を溶かせるかは表1に示すように温度によって大きく左右される。気温がマイナス10℃以下になると温度差が小さくなり、効果が低くなるので、氷点降下の低い他の融氷雪剤を用いる。したがって、塩による融氷雪が効果的に作用するには気温と散布するタイミングが重要となる。
表1 塩 1 kgが溶かす雪の重さ | |
外気温度 ℃ | 氷雪 kg |
-1 | 46.0 |
-3.9 | 14.3 |
-6.8 | 8.5 |
-9.5 | 6.3 |
-12 | 4.9 |
-14.8 | 4.1 |
-17.4 | 3.7 |
アメリカ塩協会の融氷雪ハンドブックより華氏、ポンド表示を摂氏、kgに変更 |
他の融氷雪剤として有機物である酢酸カルシウムマグネシウムや尿素、アルコール類が使われる。
塩は金属腐食の原因となるので、橋梁や空港では有機性融氷雪剤が使われる。
国内使用量は増加傾向
欧米の実績もとに対策を
欧米では気象条件が厳しい冬には1シーズンで1千万tを超える塩が散布される。この塩は岩塩か天日塩である。平成9年以降の我が国における使用量は表2に示す経過をたどっている。使用量は次第に増加しており、豪雪であった17年度(18年豪雪)、22年度は65万t前後になっており業務用合計に対する比率は33%以上になっている。23年度の使用量も同等以上となるだろう。
表2 融氷雪用塩の使用消費量 (万トン) | |||||||
平成年度 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 |
融氷雪用 | 20.8 | 23.6 | 28.9 | 35.1 | 27.5 | 44.8 | 47.4 |
業務用合計 | 150.7 | 151.6 | 158.7 | 163.9 | 154.6 | 173.9 | 176.8 |
比率 (%) | 13.8 | 15.6 | 18.2 | 21.4 | 17.8 | 25.8 | 26.8 |
平成年度 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 |
融氷雪用 | 55.2 | 64.3 | 41.8 | 50.8 | 51.4 | 56.2 | 65.1 |
業務用合計 | 180.4 | 192.3 | 166.1 | 171.2 | 176.2 | 180.5 | 182.8 |
比率 (%) | 30.6 | 33.4 | 25.2 | 29.7 | 29.2 | 31.1 | 35.6 |
塩事業センターのホームページより |
テレビ放映を見ていると、道路交通の確保にもっと塩が使われても良さそうに思えるが、雪害対策に塩を使用するインフラが十分に整備されていないことにも問題があるのかもしれない。塩散布車は冬期だけの使用となり設備の稼働率が悪い。塩を散布するタイミングも問題で、遅れれば積雪で散布車が走りにくくなる。的確な天気予報から散布時間と散布量を割り出し、それに対応出来るだけの適正に配置された貯蔵設備を持たなければならない。この貯蔵設備も冬期だけしか必要でないので稼働率は悪く、恒久的な設備ではなく簡易な設備で対応することとなろう。しかし、貯蔵施設については環境への影響を配慮する必要があり、山積してテントで覆っておくだけと言う訳にもいかない。
塩の融氷雪に関する試験研究機関は少なく、とりあえずは欧米の実績を参考にしながら対策を立てて行くべきと思う。我が国における道路の塩散布による経済効果については発表されているデマイナスタがないので不明であるが、昨年2月25日発行の本紙で述べたようにドイツやアメリカでは事故防止に顕著な効果があると報告されている。
アメリカの報告では散布後10時間で通常の道路管理費の約10倍の費用が節約されており、アメリカ塩協会の資料では公共の安全を確保する作業費の18倍以上の効果になるとしている。
「住居」への活用は?
雪かき前にも塩を撒いて
降雪による交通遮断やスリップによる自動車事故防止のために除雪車が使われる。しかし、これでは除雪は出来るが凍結した道路には対応できず、スリップ事故の防止はできない。塩を散布すると凍結している道路でも外気温度がマイナス10℃程度であれば、氷は溶けて道路表面が現れるのでスリップ事故を防止することができる。
降雪による被害は道路だけではなく、家屋にも及ぶ。被害を防止するために屋根の雪下ろしが行われる。山陰地方で育った筆者にも経験があるが、これは危険を伴う大変な作業である。豪雪になると屋根から降ろした雪の捨場もなくなり、家は雪に埋もれてしまう。
これは私案であるが、塩を使うことによって雪降ろし作業をしないで済むのではないか思っている。その方法は、豪雪が予測される時期に網目の袋に入れた塩を袋ごと一定間隔で屋根の棟に置くことである。そうすることによって棟に降ってくる雪を溶かすことができ、できた塩水は屋根を流れ落ちる間に屋根の雪を溶かすことができる。
ただ、瓦屋根では瓦の凹んだ水が流れる部分しか溶けないであろう。この私案にもいろいろと問題がある。はたしてどれくらいの効果があるか?棟に並べる作業が必要で屋根に上がらなければならないし、袋を回収しなければならない。屋根に積もった雪は下部が溶かされるので屋根から滑り落ちやすくなる危険性はないか?網目袋入りの商品はない。といったことである。使われる塩としては原塩、粉砕塩であろうが、商品開発が必要である。したがって、先ずは試験して確認することが必要で、どこかの機関が試験して成果を公表して欲しい。
除雪は屋根だけではなく、玄関から道路にでるまでの道も除雪する必要がある。朝起きてするその作業も結構大変である。その場合も、前日の夕方に塩を振り撒いておくことで、朝までにかなりの効果があるものと考える。小田原に住んでいる筆者にはそれを試す機会はないが、雪かきで困っている方は一度試してはどうだろうか。撒く塩の量は1m2当たり50 gもあればよいと思うが、気象条件や積雪量によって異なるので様子を見て加減してもらいたい。
塩の種類は安くて粒の大きい原塩や粉砕塩が良いと思うが、小売店には置いてないので、元売り会社から取り寄せてもらうか、とりあえずは食塩5 kgで試してもらいたい。効果のほどを筆者のホームページのメールボックスからメールを頂ければありがたい。
冬にベルギーのブリュッセルに行った折、友人宅に泊まったことがあった。集中暖房するボイラー室には融氷雪用の塩袋があった。友人が言うには、雪が降ったら自宅前の道路に塩を撒いて融氷・除雪しておかないと、通行人が滑って転んで怪我をしたら訴えられるとのこと。特に道路が傾斜していたので、気遣いは大変だろうと思った。日本でも社会的にこのような心掛けが必要ではなかろうか。