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たばこ塩産業 塩事業版  2011.4.25

塩・話・解・題 73 

東海大学海洋学部 元非常勤講師

橋本壽夫

 

海水溶存資源

クリーン・エネルギーに活用を

 

 海水には多くの元素が各種のイオン種として溶存している。しかし、その濃度は数種のイオン種を除いて極端に薄い。したがって、経済的に採算が取れるのは塩化ナトリウム()だけで、経済条件によってはマグネシウム塩、臭素も採取されることがある。筆者は東海大学で海水資源利用学を講義してきたが、この3月末で定年となった。これを機に溶存資源の利用について考えてみたい。

 

資源採取技術先進的な日本

 講義では海水資源採取の技術的発展過程を解説することにより技術開発の着眼点の理解を図り、技術開発による効率上昇を積重ねてきた現状を述べ、将来的に考えられることを述べてきた。

講義内容は、海水成分と海水の性質から始まり、海水を水資源として利用するための各種海水淡水化技術、海水からの各種製塩技術の発展と現状、海水蒸発に伴う問題点、塩の性質・品質・用途、にがりの利用、海水総合利用の考え方などであった。海水を資源化する技術開発に関心を持ち研究開発に携わる人材が出てくることを願ってのことであった。

 四方を海に囲まれた島国である日本は海洋・海水を利用し産業を発展させてきた歴史があり、海水を資源として利用する考え方は製塩と海水淡水化をおいて他になく、これらに関する技術レベルは世界に抜きんでた状態である。しかし、海水溶存資源の利用に関する講義をしている大学は日本にはない。これで良いのだろうかという認識を持っている。

 

「レアメタル」強い中国依存

 海水中には全ての元素が溶存していると考えてよい。しかし、その濃度は最大の塩化物イオンでも2%程度であり、大半は少数点以下数桁の%しかない。しかし、海水量が多いために溶存量としては莫大な量になる。

 尖閣諸島問題を契機として中国のレアメタル輸出政策が大きな問題として浮かび上がってきた。中国はレアメタルを生産している大国で、その様子は表1を見れば明らかである。この表では元素は海水中の溶存濃度順に並べられており、いくつかの用途例も示した。中国に依存しているいくつかの元素を表2に示すが、国内だけでなく国際的にも全面的に依存している。

表1 レアメタル
元  素 海水中の平均濃度(mg/kg) 用  途  例 生産量 2009年推計 (ショート トン) 中国の比率
世界 中国
ストロンチウム 7.80 花火、高温超伝導体、液晶用ガラス 420,000 200,000 0.476
ホウ素 4.50 耐熱ガラス、特殊合金、工業用触媒 4,500 140 0.031
リチウム 0.18 リチウム電池、耐熱ガラス 18,000 2,300 0.128
ルビジウム 0.12 光学ガラス、原子時計、工業用触媒 - - -
バリウム 0.015 X線検査造影剤、光学ガラス、塗料 - - -
モリブデン 0.010 モリブデン鋼、工業用触媒 200,000 77,000 0.385
バナジウム 0.0020 バナジウム鉄鋼、耐熱合金 54,000 20,000 0.370
ニッケル 0.00048 ステンレス鋼、形状記憶合金 1,430,000 84,300 0.059
セシウム 0.000306 樹脂合成触媒、光ファイバー、原子時計 - - -
クロム 0.000212 ステンレス鋼、形状記憶合金 23,000 - -
アンチモン 0.000200 防炎剤、ポリエステルの重合触媒 187,000 170,000 0.909
セレン 0.000155 整流器、感光ドラム、太陽電池 1,500 - -
マンガン 0.000020 マンガン鋼、乾電池、磁性材料 9,600 2,400 0.250
ジルコニウム 0.000015 超強度セラミックス、圧電素子、耐火物 1230000* 140000* -
タリウム 0.000013 赤外線分光プリズム、光ファイバー 10,000 - -
タングステン 0.000010 超硬工具、特殊鋼、工業用触媒 58,000 47,000 0.810
レニウム 0.0000078 無鉛ガソリン製造用触媒 52,000 - -
チタン 0.0000065 チタン合金、光触媒 110,000 35,000 0.318
ゲルマニウム 0.0000055 PET樹脂重合触媒、赤外線センサー 140,000 100,000 0.714
ニオブ 0.0000050 超伝導磁石、圧電素子、ステンレス鋼 62,000 - -
ハフニウム 0.0000034 原子炉の制御棒、耐熱合金 - - -
タンタル 0.0000025 コンデンサー、歯科治療用ネジ 1,160 - -
ガリウム 0.0000012 青色発光ダイオード、太陽電池 78* - -
コバルト 0.0000012 超高速度工具鋼、磁性材料 62,000 6,200 0.100
ベリリウム 0.00000021 強力バネのベリリウム銅合金、X線器機 140 20 0.143
テルル 0.00000007 特殊合金、ガラス着色剤、熱電変換素子 - - -
パラジウム 0.00000006 排ガス浄化触媒、歯科用合金 195,000 - -
白金 0.00000005 装飾品、排ガス浄化触媒 178,000 - -
ビスマス 0.00000003 火災用スプリンクラー、半導体 7,300 4,500 0.616
インジウム 0.00000001 液晶ディスプレイの電極、太陽電池 600 300 0.500
(希土類 17種) 表3 参照
元素濃度はNewton 別冊地球大解剖より、生産量はMineral Commodity Summaries 2010より、*はメトリック トン


表2 中国に依存する鉱物資源
レアアース アンチモン タングステン インジウム
我が国消費の中国への依存度 % 92 94 87 71
世界の生産に占める中国比率 % 93 82 88 34
資源エネルギー庁資料 2006、中国の鉱物資源政策についてより


 レアメタルは希少金属のことで、その中にレアアース
(希土類元素)があり、それを表3に示す。これらの元素を微量混ぜることにより画期的に性質が改善され、多くの用途が生み出されている。

表3 レアアース(希土類)
元  素 海水中の平均濃度(mg/kg) 用  途  例 生産量 2009年推計 (ショート トン) 中国の比率
世界 中国
イットリウム 0.000017 カラーテレビの赤色蛍光体、白色LED 8,900 8,800 0.989
ランタン 0.0000056 水素吸蔵合金、光学レンズ、工業用触媒 - - -
ネオジム 0.0000033 ネオジム磁石 - - -
イッテルビウム 0.0000012 レーザー、光学レンズ、ガラスの着色剤 - - -
エルビウム 0.0000012 ガラスの着色剤、光ファイバー - - -
ガドリニウム 0.0000009 MRI検査用の造影剤、光磁気ディスク - - -
スカンジウム 0.0000007 球場照明のスカンジウムランプ - - -
プラセオジム 0.0000007 光ファイバー、陶磁器用釉薬・顔料 - - -
セリウム 0.0000007 研磨剤、サングラスレンズ、白色LED - - -
サマリウム 0.00000057 サマリウム・コバルト磁石、年代測定 - - -
ホルミウム 0.00000036 レーザー治療器 - - -
ルテチウム 0.00000023 シンチレーター - - -
ツリウム 0.00000020 光ファイバー、放射線量計 - - -
テルビウム 0.00000017 ブラウン管、水銀灯の蛍光体 - - -
ユウロピウム 0.00000017 磁性半導体、ブラウン管の赤色蛍光体 - - -
ジスプロシウム 0.00000011 光磁気ディスクの材料、夜光塗料 - - -
プロメチウム 天然では不安定 グロー放電管、原子力電池の燃料 - - -
元素濃度はNewton 別冊地球大解剖より、生産量はMineral Commodity Summaries 2010より

 これらの中でリチウムは車の電池材料として現在、最も注目されている。その海水中濃度はわずかに0.000018%であるが、溶存量としては2,500億トン程度と膨大な量になる。1,400万トンと言われているリチウムの陸上埋蔵量と比較すれば、その量の大きさが分かる。リチウムより57桁少ない濃度の他の希少な元素でも101,000万トンレベルになる。

 

海水中溶存量最も多い「塩」

 海水中に溶存している塩類や元素の採取が実用化されているかどうかは経済性に依存する。塩は生命にとって代替のない貴重な物質であり、海水中に最も多く存在しており、世界中いろいろなところで採取されている。製塩の副産物としてカルシウム塩、マグネシウム塩、カリウム塩、臭素などが採取されているが、経済性があれば海水から直接採取されることもある。貴重な物であれば経済性を持たせる研究開発が行われる。

 ウランについては採取コストの低減に向けて研究開発が進められており、日本原子力研究開発機構は採取コストを実勢価格の3倍弱に引下げる技術を確立し、さらにコストダウンを進め、平成29年度の自由化を目指すと報道された。1960年代中頃から捕集材の研究が行われて来ておりモール状捕集材を開発して沖縄で係留システムを用いて性能試験を行い、2005年にコスト計算を行った結果である。同様の方式でバナジウムやコバルトまで採取しようとの研究が進められてい
る。

 リチウムについては産業技術総合研究所四国センターが1980年代より吸着剤の研究を始め、2000年頃より実用技術開発の研究中で早急な実用化が望まれる。

 新しい吸着剤の開発が鍵で、ヨード、バナジウムの生物濃縮機構の基礎研究で濃縮機構が解明されれば応用研究で濃縮技術の開発につながる可能性がある。

 

蓄電研究進むマグネシウム

 この度の東日本大震災で津波による原発事故が発生した。原発の安全神話は脆くも崩れ去った。電力不足が大問題となり、バタバタして実施された計画停電の評判は非常に悪く中止された。その代わり夏場の電力需要の増加に対しては大幅な使用制限と節電で乗り切ろうとしている。

 電気の泣き所は大規模に蓄電できないことだ。揚水発電は一種の蓄電である。また消費電力量に合わせて発電量を絶えず調整しなければならない。

電力の貯蔵技術が開発されれば発電所の負荷調整は軽減される。この一助となっているのがナトリウム・硫黄電池だ。液体ナトリウムと液体硫黄を使って電力を貯蔵するシステムで実用化されており、今回の停電を機に非常用電源として今後一層の普及が図られるだろう。ただ、300℃程度の高温で作動させなければならないことが難点だ。

海水中に0.13%程度あるマグネシウムを利用する蓄電法が研究されている。その仕組みを図1に示す。海水から製造した金属マグネシウムに加水すると酸化マグネシウムに酸化される。この時、反応式に示すように水素と熱エネルギーが発生し、さらに水素が燃えることによっても熱エネルギーが発生する。このエネルギーを発電に利用する。酸化マグネシウムは太陽光で発生させたレーザー光によるエネルギーで還元され、元の金属マグネシウムに再製される。
マグネシウムでエネルギー循環

つまり図の下部に示すサイクルが成立し、海水中に無限にあるマグネシウムと太陽光を利用したクリーン・エネルギーが得られる。金属マグネシウムは備蓄できるので、発電原料を備蓄していることになる。太陽光発電で発電した電力は備蓄されない。

原油や液化天然ガスも発電原料とも言えるが、全量輸入しなければならず、発生する炭酸ガス他の発生ガスによる環境汚染も考慮する必要があり、発電原料は再生されない。金属マグネシウム発電ではこれらの問題は無関係となる。

マグネシウム利用のエネルギー循環技術が早期に実用化されるように、強力に研究開発を進めてもらいたい。