たばこ塩産業 塩事業版 2011.2.25
塩・話・解・題 71
東海大学海洋学部非常勤講師
橋本壽夫
求められる融氷雪用塩の備蓄
年末年始にかけての豪雪で交通が遮断され車や列車が立往生し、停電でライフラインは切断され、雪の重みで多数の船が沈んでしまうなど大きな被害が出た。その後でも雪は降り続き、雪下ろしをした屋根の雪の捨て場がないなど、恐怖に包まれた生活を余儀なくされた。1月末にも大規模な交通遮断があった。事業仕分けで食用の備蓄塩が極端に減らされたが、災害危機管理の手段として融氷雪用塩の備蓄を提案したい。
降雪被害 塩で軽減を
今年は寒気団の南下で豪雪の冬期となった。豪雪による被害は、列車・車の交通遮断だけでなく、停電、船の転覆・沈没、家屋の倒壊と多岐にわたった。倒壊防止で屋根から降ろした雪の捨て場もなく困り果てた所もあった。
塩を使うことによって降雪被害を少なくすることが出来れば人命救助とともに経済的に大きな利益となる。岩塩資源がある欧米では早くから道路に塩を散布することにより融氷雪を行ってきた。遅ればせながら日本でも使われており、その量は次第に多くなっている。
塩の「氷点降下作用」
どうして塩で氷や雪が融けるのか?それは塩の氷点降下作用に基づく。氷を融かすには熱が必要。その熱は何処から来るのか?気温で決まる大気や大地が持っている熱量で融かされる。塩の飽和溶液(約26%)は‐21.3℃にならないと凍らない。これを氷点降下という。ということは大気や大地がそれより高い温度であれば、氷や雪は大気や大地から熱をもらって融ける。融けて塩の飽和溶液を作るが、融ける塩がなくなると濃度が薄くなり、それにつれて氷点降下も小さくなり、次第に大気温度に近付いてきて氷や雪は融けなくなる。
したがって、氷点と大気との温度差が10℃程度ないと、融氷雪効果は顕著でなくなる。気温が‐10℃以下であれば氷点降下作用がもっと大きい塩化マグネシウム(‐33.3℃)や塩化カルシウム(‐51.6℃)を用いる。場合によっては塩とそれらを混ぜて使用する。
融氷雪効果は即効性ではないので気象予測と散布時期との関係が重要。後手に回ると効果を発揮できず、早めの処理が有効。天気予報に基づき凍結、降雪が予測されれば、予め散布しておく。道路だけでなく雪捨て場の融雪にも使える。この場合には投棄する際に時々塩を散布する。
これからは屋根の融雪にも使えるように工夫していく必要があろう。この場合には一番高い屋根棟部分に散布して積もった雪が溶けて塩水となって流れ落ちる際に雪と屋根との接触部分の雪を溶かし雪がすべり落ちやすくできると考えられる。
ただし、滑り落ちる雪は小さな雪崩であり軒先の下にいると危険なので、通常屋根には雪の滑り止めがある。実際の効果がどの程度あるのか、試みてみる価値はある。
道路に融氷雪用塩を散布したときの事故防止効果についてはドイツのダームスタット工科大学が1980年代末に高速道路で試験をし、散布12時間前から散布12時間後までの事故発生率の変化を調べ、図1に示す結果を得ている。交通事故は降雪により次第に増加し散布前には当初の約5倍になっている。それが散布後1時間で激減し、ほぼ当初のレベルに戻っている。
この調査方法に習ってアメリカでも2車線の場合と高速道路の場合で試験している。日本の道路事情に近い2車線の場合で見ると図2のような結果であった。散布前に交通事故が2倍以上に急増しているが散布後には2時間で約10分の1に激減しており、障害件数も同様の比率で激減している。散布後に道路管理費の直接的な(労務費、付加給付、資材、設備運転・償却ほか)節約費用が累積でどのように増加して行くかを図3に示している。
散布後10時間も経てば、通常の道路管理費の約10倍の費用が節約されていることを示している。
日本にはこのようなデータはないが、道路用塩散布による沿道環境への影響を調べた報告書がある。その結果、土壌から植物への影響は極めて小さく、路肩端から5 m以遠では凍結防止剤による影響は少ないことが確認できたとしている。
増加する融氷雪用塩の消費量
冬期に融氷雪のために使われる量はその年の気象条件によって大きく異なる。アメリカでは塩生産量(かん水を除く)の40%以上が融氷雪用に使用され、1千万トン以上に当たる。
日本における使用量は表1に示すように年々増加し、60万トン近くになっているが、今年はそれ以上、これまでの最高値になっているのではなかろうか。
塩の散布量は30 g/m2程度であり、車線の幅を6 m として1 km当たりの散布量を計算すると180 kgとなる。100 kmの道路であれば18 tで、1冬に50回散布すれば900 tとなる。
危機管理として義務化を
国家備蓄の一つである原油については、1975年末に制定された石油の備蓄の確保等に関する法律で備蓄が義務付けられた。1973年10月に始まった第4次中東戦争による影響で原油は高騰し、需要量の確保に苦い経験をしたためだ。これが第一次オイルショックで、その後にもイラン政変で1978年末には石油輸出が閉ざされたのを機に第二次オイルショックが起こった。1986年には国家石油備蓄会社が設立され、全国に10ヶ所の国家石油備蓄基地を持つに至っている。
塩については塩事業法で塩事業センターは塩の備蓄を行うように定められている。危機管理として災害、緊急時に食用塩として配布するために10万トンが備蓄されていた。しかし、先の事業仕分けで2.1万トンにまで削減することとなった。
塩は戦略物資の一つで、塩の欠乏で戦いに負け、塩を確保することで戦いに勝ってきた歴史がある。近代社会では食用だけでなく、インフラ設備の機能維持に対しても危機管理に必要な物資だ。この点からも備蓄量を考えておく必要がある。
食用で備蓄用塩を配布する災害は滅多にないことであるが、降雪による大小の災害は毎冬あることだ。交通を確保するための危機管理対策として公益性の高い塩事業センターに塩を備蓄することを義務付けることを提案する。
現在、少なくとも年間50万トン以上が融氷雪用に使われ、将来的に増加していくことから相当な量を備蓄しなければならない。冬期に使用するだけで、その他の季節では必要なく、塩の取扱い、在庫管理に専門的な知識を要するので、塩事業センターの管理が望ましい。備蓄基地としては何ヶ所かの備蓄センターと100 km毎位に簡易貯蔵庫を設置する必要があろう。
塩の融氷雪作用を利用することにより、交通事故防止だけでなく雪降ろし時の人命救助、日常生活混乱の回避、経済損失の軽減が図れることをもっと考えるべきである。