戻る

たばこ塩産業 塩事業版  2011.1.20

塩・話・解・題 70 

東海大学海洋学部非常勤講師

橋本壽夫

 

特別編 青ヶ島の「ひんぎゃの塩」

自然の恵みで製塩されるエコ・プロダクツ

 

 「ひんぎゃの塩」という銘柄の塩が販売されている。「ひんぎゃ」とは聞いたこともない。土地の言葉で地下蒸気の噴出する場所のことだ。東京都下最南端の有人火山島、青ヶ島は「ひんぎゃ」からの噴出蒸気を利用して製塩している。そこを取材する機会に恵まれた。製塩コストの構成で一番不安定で高くつく燃料費を自然の恵みでゼロにできる方法を紹介しよう。

 
村の基幹産業として

内輪山のふもとの事業所

 青ヶ島は東京から287 km離れた八丈島へ飛行機で飛び、さらに南へ約70 kmを船かヘリコプターに乗って行く。この時期、風が強く海が荒れ、船が出ないことが多いのでヘリコプターで行った。わずか20分間の飛行だ。人口200人前後。国内で一番人口の少ない地方自治体とのこと。島民の約半分が村役場職員、教職員、建設作業員で、産業としてはわずかな農地を利用した島内出身者による農業の産物を利用して家内工業的に製造されている青酎(○○さん作りの焼酎と個性的な風味を持った銘柄が多く、民宿で数種の味見ができた。)と呼ばれる芋焼酎と副業的な小牛の生産飼育。漁港がなく流通ルートが確立されていないので目の前に横たわる豊富な漁業資源も絵に描いた餅。

 周囲9.4 km、面積6 km2足らずの小さな二重カルデラ(噴火口跡のくぼ地)の複成火山(二重式火山)島である青ヶ島の外輪山に取囲まれたカルデラの中央に丸山という内輪山があり、そのふもとに写真1に示す製塩事業所がある。その名が示すように青ヶ島村が製塩事業を経営している。産業のない中で基幹産業に育て挙げようとしている姿勢がうかがわれる。事業所の隣にはこれまた村営の地熱利用「ふれあいサウナ」があり、製塩所見学後に入ってくつろげる。

 内輪山のふもとにある製塩事業所

写真1 内輪山(手前左の建物)のふもとにある製塩事業所。その右側

建物は「ふれあいサウナ」。向うは外輪山。


簡素で合理的な設備

加熱源は噴出する地下蒸気

 写真2に見られるように幅1 m、長さ2.4 m、深さ0.22 mのチタン製平釜が6基2列で合計12基並べられている。かつてはステンレス製であったが10年も使用すると錆が出てきたので、高価なチタン製に変えた。この平釜がすっぽりと入る鉄製の平釜を用意し、4隅に角材を置き、蒸気が漏れないようにと詰め物を敷いてその上に製塩平釜を乗せると、鉄製の平釜が蒸気加熱槽となるわけで、蒸気室をジャケット式に溶接加工して取り付ける必要はない。蒸気槽には蒸気入口、空気抜き口、凝縮水排出口を取り付けられ真に簡単で合理的な構造となっている。

加熱源は写真3に示す山肌の亀裂から噴出している蒸気。製塩用には地下に作った蒸気溜め槽からの配管で各平釜に蒸気を配っている。通常、火山性の蒸気には硫化水素や亜硫酸ガス、塩化水素といった有毒で刺激臭がある成分が含まれているが、ここの蒸気はそのような刺激臭は一切なく、水蒸気だけのようだ。このため作業環境の整備を考える必要はなく、臭いの付きやすい塩にとっても好ましいことだ。

 付帯設備には収穫した塩を積上げて水切りする(にがりを落とす)槽と遠心脱水機、蒸気で塩を乾燥させる乾燥室、乾燥した塩を少し粗めに粉砕する粉砕機があるくらいで、極めて簡素な設備で製塩が行われている。

 塩揚げの釜

写真2 塩揚げの釜。左おくの手前はにがり濃縮釜

燃料費不要の製塩法

数日間かけて蒸発濃縮

 港から黒潮の海水を給水車で運び、屋外の10 m3サービスタンクに入れる。ろ過して平釜に500リットルを張り込み、濃縮を始める。

写真3から分かるように蒸気は地下から勢いよく噴出しているわけではないので、温度は96 ℃程度という。したがって、温められる平釜は沸騰しているわけではなく、海水は60 ℃から80 ℃で静かにゆっくりと何日間もかけて蒸発濃縮されていく。

ひんぎゃから噴出する蒸気

写真3 ひんぎゃから噴出す蒸気。右下側に製塩所がある。

このことは効率が悪く生産性が悪いことになるが、その見返りとして燃料費は不要で濃縮管理が容易になるというメリットがある。夜間の監視作業もなく無人で操業できる。炭酸ガスを出すこともなく、製造された塩はエコ・プロダクツそのもの。その典型的な事例の天日製塩に似ている。

 濃縮管理はいたって簡単。通常の海水濃度で塩の濃度は2.6%程度。塩の飽和濃度は26%。このことから最初の液量が10分の1まで減った時に塩が析出し始める。さらに濃縮されて析出した塩と母液(にがり)の量を併せた量が35分の1くらいまで減ると硫酸マグネシウムが析出し始めるので、その前に蒸気を止めてにがりを取り出し採塩する。

 これを実際に行うには、例えば、6釜にそれぞれ500リットルずつ海水を入れ、全部で3000リットルの海水で濃縮をスタートする。それぞれの釜の液量が半分になったら、2つの平釜の濃縮液(海水が2倍濃度に濃縮されたかん水)を併せて1つの平釜とし、500リットルずつ3釜の全部で1500リットルとしてさらに濃縮する。

この段階で炭酸カルシウムが析出し、続いて針状の硫酸カルシウムが析出してくる。液量が3分の1に減った段階(水深が7 cm)3つの釜の濃縮液を併せて1つの平釜として500リットル弱のかん水をさらに濃縮していく。この釜が結晶釜となる。結晶釜でも硫酸カルシウムの析出は続き、液量が300リットル(水深13 cm)程度まで減ってくると塩が析出し始める。液量がさらに減って70リットル(水深3 cm)くらいになってから蒸気を止め、冷やして採塩する。塩揚げと言っている。乾物で75 kg程度の塩が得られる。

 この製造法では液を沸騰させることがなく、おだやかに蒸発濃縮させるので時間的なゆとりがあり、平釜を直火で加熱する場合に生ずる仕上げ前の火加減の調整不良で塩の焦げ付きを起こすことはない。加熱面に石膏スケールが付着するが、加熱温度が高くないので直火加熱ほど強固に釜底に付着せず、採塩後のスケール除去は比較的容易にできる。

 

「生にがり」を製品に

貴重な「濃厚にがり」」も製造

 採塩後のにがりは生にがり(比重1.30程度)と称し、その状態で製品としている。しかし、ユーザーの要望で生にがりを2週間かけてさらに2倍濃度くらいまで濃縮した濃厚にがり(比重1.35、容量半減)も製造している。この間、石膏、塩をはじめ硫酸マグネシウムが析出してくる。これくらい濃縮したにがりの組成は塩専売時代に蓄積した製塩データにもない。エネルギー費が掛からないことでできる技、貴重なにがりと言えよう。

 

「味の良さ」が口コミで

粗塩感≠熕l気の秘密か

 年間10トン程度の生産量である「ひんぎゃの塩」はなめた味の良さから人気があり、口コミで広がっているようだ。イオン交換膜製塩による「食塩」と古くからの伝統的な揚げ浜塩田による典型的な海水製塩製品の「能登のはま塩」とを比較して表1に示す。「ひんぎゃの塩」は製造法に由来して硫酸カルシウムが多く、硫酸マグネシウムをはじめ他の塩類も多い。

惜しいことにどの塩でも製品中のカルシウムは硫酸カルシウムであり、人体に吸収される形態ではない。

粒径が大きいためザクザクとした粗塩の感じとなっている。この辺りも人気の秘密かもしれない。

 通常、製塩工場ではボイラー検査のために必ず何日間かを運転休止しなければならないが、青ヶ島製塩事業所では年末年始中も休みなく海水はゆっくりと蒸発濃縮されていたのであろう。

 

表1 塩の品質  

商品名

水分

NaCl

MgCl2

CaSO4

MgSO4

KCl

平均粒径 mm

ひんぎゃの塩

6.36

85.06

1.17

3.68

2.70

1.01

1.82

能登のはま塩

7.56

90.05

0.73

0.99

0.52

0.16

0.55

食塩

0.15

99.67

0.067

0.028

-

0.109

0.4

(財)塩事業センター発行 市販食用塩データブックより 

 製塩所の看板