たばこ塩産業 塩事業版 2010.10.30
塩・話・解・題 67
東海大学海洋学部非常勤講師
橋本壽夫
英国・減塩政策に異議の声
イギリスでは食品標準局が食品中の塩分を減らすことによって減塩政策を強力に進めている。そのイギリスで減塩政策はおかしいと主張する人物が現れた。減塩政策にそれほど熱心でなかったイギリスが先鋭的な減塩政策を進める国に変わってきたが、ここでそれに疑問を呈する意見がTimesonlineで昨年10月に流れた。今後どのように展開するか、イギリスの減塩政策の推移とタイムズの内容を紹介する。
食塩摂取量と高血圧発症との関係で有名な疫学調査にインターソルト・スタディがある。これは23ヶ国、52ヶ所で合計10,079人について調べた大規模国際調査である。この結果は1988年にイギリスの医学雑誌British
Medical Journalで発表された。強くはないが両者には有意な正相関がある、と言うことであった。この研究はアメリカのスタムラーらによって各国学者からなるグループを組んで行われ、イギリスからエリオットら8名が参加した。エリオットはこの発表論文に関しての問合せ担当者であった。
同じ号の雑誌で元イギリス高血圧学会会長のスウェールスはその結果を見て、食塩は高血圧についてはほんの僅かな重要性しか持っておらず、弱い疫学関係に基づいて処方的な忠告を与えることは警戒すべきであるとして、一律的な減塩政策の考え方に反対した。政府が進めようとしている減塩政策に対して減塩を勧めるべきではないとして、彼が代表者となって5人もの元イギリス高血圧学会長を含む13名の署名嘆願書を国会議員に送った。
彼には1992年に京都で行われた国際塩シンポジウムで招待講演者として「塩と高血圧に関する健康問題」を発表してもらった。2003年にソルト・サイエンス研究財団主催のシンポジウムでパリ・ネッカー病院のドゥリュッケ部長が「ヨーロッパにおける食塩と高血圧に関する国民の関心」についての講演で来日した折に、イギリスの減塩政策について尋ねたところ、減塩政策は話題になっていないとのことであった。しかし、スウェールスが数年前に亡くなると、そのせいかどうか分からないが、政府による減塩政策が急展開してきた。減塩推進派の急先鋒はセント・ジョージ病院のマッグレガー、エリオット、ヒー(He)等の学者達で、食品標準局と保健局は2003年以来、食塩摂取量の75%を占める加工食品中の食塩含有量を下げる方法を検討し、2006年までに70の機関と会社が加工食品中の減塩に同意した。さらに大手会社は圧力をかけられ、6 g/日の食塩摂取量まで下げることが目標とされた。
「塩は悪魔か?」
メディアが問題提起
前述した背景の中、Timesonlineで2009年10月26日にヘルス・アンド・フィットネス・ジャーナリストのペーター・ビーは「塩は本当に悪魔の成分か?」という記事を発表した。それには以下のように記されている。マスコミ・メディアの一つが減塩問題に焦点を置いて主要な学者の意見を紹介している。読者がどう判断するのかの材料を提起しているので、少し長くなるが内容を紹介しよう。
◇ ◇ ◇
政府は食塩摂取量を下げるように望んでいるが、この勧告は割引して理解すべきであることを研究は示している。 塩を取り過ぎると血圧が上昇し、心疾患や脳卒中になる確立が増加する。塩を減らすことが論理的なように見えるが、塩はこれまで信じさせられてきた悪魔の成分ではない、と今や多くの専門家達が主張している。
カリフォルニア大学栄養学部の研究者達は、多くの塩を取り過ぎることは非常に難しいという事実を発見した。マッカロン教授は33ヶ国で約20,000人の尿中食塩排泄量を測定し、脳と器官との間の複雑な相互作用は食塩摂取量を自然に制御しているとして、「生理的に正常な範囲を維持するためにどれくらい多くの塩を摂取するかを自然に体が制御することを明らかにすれば、公衆政策を通して食塩摂取量を制御しようと試みることは非現実的となる。」とアメリカ腎臓協会の専門誌で言った。
減塩は高血圧者の心臓血管疾患リスクを下げることは知られているが、正常血圧者については食塩摂取量に関する勧告は十分に割引して考えるべきであるとの批判がある。毎日食塩摂取量を1‐2 g下げる人々は血圧を低下させていることを示す研究はいくつかあるが、他の研究は、食塩摂取量の大きな振れがほとんど影響を及ぼさないことを明らかにしており、実際には血圧が上昇することを示す研究もある。
非高血圧なら「減塩不要」
我々の好きな調味料が悪魔であることに今や疑問を持っているのはロンドンにあるセント・ジョージ病院の主任栄養士であるキャサリン・コリンズで、彼女は出来るだけ多くの食事で塩を制限するための現在の圧力は不必要で、危険であるかもしれないと思い、「問題は調和を欠いてきたことである。既に血圧が高い人々については非常に重要であるが、高血圧でないほとんどの人々については、減塩するために大きな努力をしてもほとんど利益はない。確かなことは、塩が果たす役割を見捨てることではない。」と述べた。
ニューヨークにあるアルバート・アインシュタイン医科大学教授で元国際高血圧協会会長のアルダーマンも同じ意見を持っている。「これまでに報告された食塩摂取量に関する厳密にランダム化された臨床試験は1件だけである。そのことが判明するにつれて、低ナトリウム食に固執しているグループは高ナトリウム食の人々よりも心臓血管疾患による死亡や入院が多いことに悩んだ。」と彼は言っている。
「一貫性ない研究結果」
塩は健康にとって必須の成分である。全ての細胞は機能するために塩を必要とする。塩は体液収支を制御し、心臓の神経や筋肉の機能を良好に維持する。塩が少な過ぎると精神錯乱、集中力不能を引起し、極端な場合、致命的な低ナトリウム血症になるかも知れず、それにより体内の塩濃度は危険なほど低くなり、頭蓋骨容積以上に脳が膨張する。理論的には減塩により血圧を下げ、脳卒中や心不全を予防する。減塩が心臓血管疾患の保健に関する統計値に大きな差をもたらすかどうかで専門家達の意見は分かれる。減塩に関する研究はほとんど観察研究で、食塩摂取量と心臓保健との間の相関関係を調べているが、結果の多くは混乱しており一貫していない、とアルダーマンは言う。
事実、全部で10万人以上を調べた9件の観察研究の中で、「減塩が死亡危険率の増加や心不全疾患と関係していることを述べているのは4件だけで、肥満者のいない人々だけに絞った一つの論文では、塩の取り過ぎが心臓血管疾患死亡の危険率増加と関係していたが、残りの4件には何の関係も見られなかった。」とアルダーマンは言う。
ロヨラ大学保健学部部長のウェルトンは、食塩摂取量が血圧値に与える影響を10‐15年間で3,000人近い患者を追跡調査してきたが、心疾患の危険率に有意差を示さなかった。一方、カリウム摂取量に対するナトリウム摂取量の比と他のミネラル摂取量がナトリウムの動脈収縮効果をバランスさせると報告した。
「減塩で死亡率が低減」
減塩を主張する人々については、高ナトリウム食に反対する証拠は明らかである。セント・ジョージ病院の心臓血管医学教授であり、塩と健康に関するコンセンサス実行委員会委員長のマッグレガーは「生まれた時から血圧はゆっくりと上昇し始める。塩がその主要因子であり、加齢に伴って血圧が上昇する主な理由は高食塩食である。そして死亡数が増えることは他の如何なる物よりも血圧上昇と関係している。食品標準局によって勧められている1日当たり6 gの水準まで減塩すると、脳卒中による死亡率で16%の低減、冠状心疾患による死亡率で12%の低減が図れる。成功すれば、これまで行われた公衆保健運動の中で、1日当たり6 gへの減塩は最大の影響を及ぼすことになろう」と言う。
極端な減塩「最も危険」
どのようにして塩が血圧を上昇させるかについては、正確には全く明らかでない。食塩摂取量が高いと、腎臓がその全てを尿に出し、幾分かが血流に取り込まれると考えられている。その後、塩は血液中に多くの水を溜めて、血液量が増え、圧力が上昇する。
マッグレガーらはイギリスで7‐18歳の1,658人の食塩摂取量を調べ、塩が子供の血圧上昇の原因であると専門誌に発表したことに対して、同誌の論説でアルダーマンはカロリー摂取量についてデータを調整すると関係の有意性はなくなると述べた。
食品の包装表示や成分表から毎日の食塩摂取量を合計するようになることにコリンズは反対して、減塩政策に忠告をしている。「血液中のナトリウム濃度が危険なほど低い値に下がっている人々に次第に多く出会うようになった。極端な食事療養者や菜食主義者は最も危険であるように思う。チーズや肉のように避けている食品の多くには塩が自然に入っている。それらの人々は健康に良いと思って多量の水もしばしば飲んでいるので、彼等は初期低ナトリウム血症の兆候をしばしば示すが、全ては低食塩摂取量に関係していた。多くの人々が食塩摂取量について気にしなくてすむ。高血圧症ではなく、自然に食べるように心掛ければ、食べ過ぎることはない。減塩を忠告することはあらゆる食事メッセージの中で実はもっともお粗末なことである。」と彼女は言っている。
◇ ◇ ◇
以上がTimesonline記事の内容である。健康とフィットネスが専門のジャーナリストが学術誌の文献を読み、いろいろな意見を紹介している。減塩推進派の急先鋒学者と減塩反対派の栄養学者が同じ病院に所属して堂々とマスコミ活動をしていることは日本では考えられない。減塩すれば誰にでもメリットがあると誤解されかねないメッセージが一方的に発信される社会が日本だ。減塩の効果は状況や個人によって大きく異なっており、逆効果をもたらすこともある。国内メディアもバランス感覚を持って判断材料を提供してもらいたいものだ。