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たばこ塩産業 塩事業版  2010.8.25

塩・話・解・題 65 

東海大学海洋学部非常勤講師

橋本壽夫

 

欧米で普及するハロセラピー

塩の粒子で治療効果を発揮

 以前、商品開発された「塩の部屋」を紹介したことがある。これは主として癒しを念頭に置いた商品であるが、海外で販売されているこの種の商品は呼吸器疾患を治療するためにハロセラピーを行う部屋である。これには古い歴史があるが、近年、治療条件を人工的に設定できる装置が開発され、ヨーロッパ、アメリカで普及し始めた。ハロセラピーについて紹介しよう。

屋内の「塩洞窟療法」

 ハロセラピーはHalotherapyと書き、Haloはギリシャ語で塩、Therapyは英語で治療のことである。ハロセラピーはSpeleotherapy(洞窟療法)から発展してきた。Speleonはギリシャ語で洞窟のことである。洞窟療法は地下気候治療法のことであり、東ヨーロッパやロシアで幅広く行われている呼吸器疾患治療法だ。
 数世紀も前から岩塩坑微気象が保健に有益であることを岩塩鉱山の鉱夫達は知っていたらしい。1843年にポーランドの医師ボッコウスキーは、塩の粒子で満たされた空気が呼吸器疾患に治療効果を発揮すると最初に仮定して発表した。1958年にはクラコウ地区のヴェリチカ岩塩坑で肺疾患患者用に最初の塩療養所が設立された。
  以来、オーストリア、ルーマニア、アゼルバイジャン、キルギスタン、ロシア、ウクライナなどで天然の塩洞窟に洞窟治療用診療所が作られた。
 セント・ペテルスブルグでは宇宙飛行士にとって最適な室内環境を作り出す設備がソヴィエト(現ロシア)の宇宙局に提案され、それは岩塩坑の微気象を再現することであった。
  このようなことから地上の建築物内で塩洞窟療法の微気象を使って治療する方法は1980年代半ばにロシアのセント・ペテルスブルグでハロセラピーと名付けられた。

塩エアロゾル環境を

 ハロセラピー用の設備を開発するために岩塩坑で治療する微気象を人工的に再現させる試みが行われてきた。室内で作られる気象と塩のエアロゾル(微粒子が空気中に浮遊)条件は自然条件に類似しており、治療効果のある室内環境に適合したいくつかの特性を持っていなければならない。
 最初に提案された最も簡単な塩の部屋は塩のブロック壁で取囲まれた物だった。塩化ナトリウムで囲まれた塩壁を用意した消極的な手段では、細かい塩エアロゾル環境を作り出せず、室内装飾にしかならなかった。
 次に塩エアロゾル源として、塩を滲み込ませたフィルター、複雑な仕切り、塩ブロックとともに換気装置を用いた部屋では、エアロゾル粒子の濃度は非常に薄いかゼロであった。必要なエアロゾル濃度の再現も制御もできず、治療に必要な特性値とは関係なかった。したがって、必要な特性値(濃度、粒径)を持ったエアロゾルを作れず、微気象環境パラメーターをモニターする設備のない部屋では治療処置はできなかった。
 超音波発生器または他の塩溶液噴霧装置により技術的にハロセラピー条件を作り出そうとしたが間違っていた。発生するエアロゾルの物理化学的特性が乾燥塩エアロゾルと非常に違うからだ。湿ったエアロゾルを室内に投入して空気中で分散させる環境を作り出すことは制御できないし、このようなエアロゾルは乾燥した塩のエアロゾルと比較して治療効果がない。また、室内の湿度が高くなると、適応症の範囲が著しく狭まる。
 最終的に乾燥塩エアロゾル発生器とエアロゾルの状態をモニターして制御できる設備が開発され、治療効果を確認する研究が行われるようになった。
 ハロセラピーは自然の塩洞窟(岩塩坑)の微気象を再現して制御できる空気媒体中における治療法である。ハロセラピーの効果はプラセボ(有効な成分がない状況で試験され、それが分からない状況で行われる試験)とコントロール(有効な成分がないことが分かっており、有効な成分がある状況と対比される試験)のある臨床試験でいろいろな呼吸器疾患(気管支喘息、慢性閉塞性と非閉塞性の気管支炎、気管支拡張、嚢胞性繊維症)を持つ患者について評価された。
  ハロセラピーはプラセボと比較していろいろな肺機能テスト(流量、排気量、肺活量、気管支抵抗など)による測定で大きな臨床改善を示し、他の慢性肺疾患患者で同様の効果を示した(研究論文はほとんどロシアの学術誌や書籍で公表されてきた)。これらの結果からロシア保健省は1995年に医療機器としてハロセラピー装置を承認した。カナダ保健省でも2002年にカナダ医療機器規則によりクラス1の医療機器として分類した。

室内空気の環境条件

 ハロセラピーは塩で壁や床を囲んだ特別な部屋で行われる。そこに乾燥塩エアロゾルを特別な噴霧器で供給し、室内空気の環境を下記の条件に維持できるように、その状況をモニターしながら疾患の治療条件に合わせる。

1)       乾燥塩エアロゾル濃度が0.5 ? 10 mg/m3で、97%以上が粒径1 ? 5 μmの塩で、空気に分散している塩粒子は呼吸で奥の気道部分にまで入り、エアロゾルを効果的に作用させる。極微量の投与で多様な治療効果を示す。

2)       細菌数が少なくアレルギー源のない空気環境で、操作条件によって塩エアロゾル粒子は0.4×105 ? 4.6×107 個/?になる。

3)       空気をイオン化する。ハロゲン発生器で粉砕されると、強力な機械的作用で塩粒子は負電荷を帯び、高い表面エネルギーを得る。空気分子との相互作用で空気が塩でイオン化される。

4)       最適微気象因子が安定している。空気治療環境は安定した湿度(40 ? 60)と一定の温度(18 ? 24)でなければならず、その条件は呼吸系に最も有益で快適である。

 ハロセラピーが行われる施設の一例を図1に示す。患者は音楽を聞き、あるいはビデオを見ながらリラックスした雰囲気の中で治療を受ける。治療効果の事例を図2に示す。
  良い調査結果を示すパーセントはかなり高く有意差は明らかであるが、ポジティブな治療効果となるとパーセントは大きく上昇するが、コントロールとの有意差はなくなる。

ハロセラピーが行われる設備の一般的なレイアウト
慢性閉塞性肺疾患患者のハロセラピー効果

呼吸器疾患を緩和

適応症は―

 ハロセラピーの適応症としては次のような症状を軽減するとしている。
  慢性気管支炎、息切れ、急性肺炎、気管支拡張症、夜間や運動後の咳、ぜいぜい音、喫煙による咳、粘着性の痰を伴う咳、粘液の詰り、粘膜浮腫、風邪とインフルエンザ、副鼻腔炎、鼻腔症、鼻炎と呼吸性アレルギー、工場汚染や屋内汚染によるアレルギー、扁桃腺炎、咽頭炎、湿疹、乾癬、等など様々な適応症があげられている。

作用の仕組み

 塩エアロゾルは気道内のレオロジー(粘質)的な性質を改善し、粘膜細胞の清掃機能を正常化させる。
  塩化ナトリウムは気管支繊毛のある上皮の機能を正常化するために必要であり、一方、気管支分泌液中の塩化ナトリウム含有量は低下する。塩エアロゾルの作用で呼吸管の排出機能が改善され、唾液の粘度は低下し唾液喀出が軽減される。咳が軽減され、肺の聴診状態は良好になる。
 塩エアロゾルは呼吸管の微生物相に殺菌や静菌効果を及ぼし、肺胞のマクロファージ(細菌、ウィルスを捕食する大食細胞)の食作用を刺激し、その活力の増加や捕食環境の整備を促進させる。ほとんどの患者の上皮細菌叢はハロセラピー治療後に正常化され、慢性肺疾患患者の体液性や細胞性の免疫に影響を及ぼす。喘息患者では治療後に免疫グロブリンのIgE濃度が低下し、症状が緩和される。
  乾燥塩エアロゾルは負に帯電しており、気道の内部表面は正に帯電しているので、負に帯電した粒子は呼吸管の管腔に移動し、中性粒子と比較してより強力に付着する。さらに、負電荷はエアロゾルの安定性を増加させる。
  したがって、乾燥エアロゾルの作用は湿ったエアロゾルの作用よりもずっと効果的である。

副作用は?

基本的に副作用は少なく、ハロセラピー治療後に小さな斑点が皮膚に現れる皮膚炎症が観察されることがあるが、数回の治療中に消える。喉がムズムズするときには、ぬるま湯でうがいする。目の粘膜への刺激により結膜炎が起これば、5 - 7日間、目薬を差し、治療中には目を閉じたままにしておく。

ソルトパイプも

 ハロセラピーの効果を簡易に体験し、治療に役立てられる製品が海外では販売されている。塩を詰めたセラミック製のパイプで、それを毎日15 ? 20分間吸引することにより呼吸が楽になり、くしゃみや咳も緩和され、良く眠れるようになるという。
 以上、ハロセラピーについて紹介した。日本ではまだ設備もないし、医療効果が認められている訳でもないので、呼吸器系疾患に悩まされている患者が恩恵を受けられるようになるにはかなりの時間がかかろうが、普及を期待したい。