たばこ塩産業 塩事業版 2009.11.25
塩・話・解・題 56
東海大学海洋学部非常勤講師
橋本壽夫
熱利用効率の向上を目指して
海水からの製塩には多大のエネルギー(熱)を必要とする。イオン交換膜製塩工場では熱利用効率の向上を図るために自家発電装置を持っており、コゼネレーションにより火力発電所以上に効率よく運転されている。しかし、他の工場ではここまでの熱利用効率の向上は図られていない。多管式熱交換器が使用されており、中小の製塩工場では蛇管式、ジャケット式熱交換器が使用されている。熱交換器により熱利用効率の向上を考えてみる。
伝熱の仕組みと伝導率
熱交換器の性能を判定する数値として総括伝熱係数がある。この数値は単位面積、単位時間、単位温度差当たり伝えられる熱量を表している。この数値が大きい熱交換器ほど熱交換がよく行われ、性能が良いと判断される。
高い温度の物質から低い温度の物質に熱が伝わる仕組みをモデルで図1に示す。この図は中心に伝熱管があり、左側の高温蒸気の熱が右側の液体に伝わる様子を伝熱の推進力(温度差:T ? t)で示している。
熱を伝えにくくする要素に伝熱抵抗がある。伝熱管自身も伝熱抵抗となるので、経済性を考えて出来るだけ熱伝導率の高い材質を選ぶ。伝熱抵抗の大きさは各伝熱抵抗部分の温度勾配を見れば分かる。この図では温度勾配が一番ゆるやかな伝熱管の伝熱抵抗が一番小さく、熱が伝わりやすい。
反対に伝熱管の右側にあるスケール部分(海水濃縮では炭酸カルシウム・硫酸カルシウム)の温度勾配が一番急で、伝熱抵抗が一番大きいことが分かる。これはその部分の物質の熱伝導率に支配され、温度勾配が大きいことは熱伝導率が小さいことを示している。
蒸気側の伝熱抵抗は凝縮水境膜で人為的に薄くすることは出来ない。しかし、滴状凝縮剤を使えば水膜がなくなり、水滴となって伝熱管の地肌が直接現われるので伝熱効率は飛躍的に向上する。イオン交換樹脂でボイラー給水の軟水化(スケール成分の除去)を行なうが、除去できない成分のキャリーオーバーで蒸気側にスケールが付着し、大きく伝熱が妨げられる。ここには示されていないが、蒸気の中に不凝縮性ガスの空気やその成分が含まれていると、凝縮水境膜面近くに集まってくるので、大きな伝熱抵抗となる。これを避けるためにボイラー給水の脱気や凝縮室からの脱気が必要となる。
海水濃縮によるスケールの析出に対して、炭酸カルシウムはpH調整で防げるが、硫酸カルシウムの析出は防げない。しかし、微粒の硫酸カルシウムを浮遊させることにより、伝熱面への析出はある程度避けられる。海水側の液境膜の厚さは海水粘度(温度、濃度で変化)と海水流速で変わり、薄くなるように操作する。
伝熱係数と熱交換器
上述した各部分にはそれぞれの伝熱係数がある。熱交換器の性能を比較するには、それぞれの伝熱係数を総合した総括伝熱係数で判断できる。
表1に熱交換器の総括伝熱係数の比較を示す。総括伝熱係数は様々な要因で大きく変わる。各要因が大きく影響を及ぼす使用例では、総括伝熱係数の事例に大きな幅がある。このような場合には、大きな総括伝熱係数を確保維持するために、熱交換器の操業方法がポイントとなる。
表1 各種熱交換器の総括伝熱係数 (W/m2K) | |||
熱交換器 | 胴側流体 | 管側流体 | 総括伝熱係数 |
1 | 水蒸気 | 水 | 2,300 - 5,700 |
水 | 水 | 1,100 - 1,400 | |
2 | 蛇管内流体 | 蛇管外流体 | |
水蒸気 | 糖水溶液 | 280 - 1,400 | |
3 | ジャケット内流体 | 容器内流体 | |
水蒸気 | 水 | 850 - 1,700 | |
4 | A側 | B側 | |
水蒸気 | 水 | 1,700 - 2900 | |
水 | 海水 | 2,900 - 4,700 | |
1.多管式熱交換器、 2.蛇管式熱交換器(蛇管材質:銅)、 | |||
3.ジャケット式熱交換器(材質:ステンレス)、 4.プレート型熱交換器 | |||
丸善:化学工学便覧と化学プラント建設便覧より |
通常、液体と液体との熱交換による総括伝熱係数よりも蒸気と液体との熱交換による総括伝熱係数の方が大きい。蒸気の凝縮に伴う大量の凝縮潜熱が伝わるからだ。ところがプレート型熱交換器になると、この関係が逆転する。メーカーのホームページによると、表1の総括伝熱係数の50%増くらいの数値が記載されている。激しい乱流で液境膜の厚さが薄くなるためのようである。逆に蒸気と液体の場合に総括伝熱係数が小さくなる理由は述べられていないが、伝熱面の凸凹構造のために蒸気側の凝縮水境膜の厚さが厚くなるためではないかと思っている。メーカーはホームページで表1よりずっと大きな数値を示しているが、その後の技術進歩があったのかもしれない。
伝熱量が同じであれば、総括伝熱係数と伝熱面積は反比例の関係にあり、総括伝熱係数が大きいほど伝熱面積は小さくてすむ。つまり小さな装置ですみ経済的になる。伝熱面積が同じであれば、総括伝熱係数が大きいほど大きな熱量を伝えることが出来る。
プレートヒーターとは
他の熱交換器に比べてプレートヒーターの歴史は浅く、便覧や参考図書にも総括伝熱係数の事例はほとんど示されていないので、ここでプレートヒーターの特徴を述べる。筆者はかつて20 klタンクでたばこ細胞の大量培養の研究を行ったことがある。その時、培地の殺菌にプレートヒーターを使用した。高温短時間で殺菌が出来るからである。
プレートヒーターの簡単な構造を図2に示す。薄い金属プレートを何枚も重ねて締め付ける。ちょうど締付型のイオン交換膜透析装置と同じ構造である。連通孔が構成されるが、プレートの間に挟むガスケットの位置を変えて2流体が一つ置きの区画で別々に流れるようになっている。
プレートヒーターは次のような特徴を持っている。
@伝熱プレートの厚さが薄いためプレート自身の伝熱抵抗が小さい。A装置の設置面積が小さくてすむ。B解体・組立が容易である。C伝熱面積をある程度加減できるので、新たに熱交換器を建設しなくても良い。D放熱面が少ないので、保温面積が小さい。E標準品の大量生産で低コスト化と納期短縮を図れる。F向流により廃熱回収率を向上できる。G流動抵抗が大きいので循環動力が大きくなる。
以上のような特徴があるので、海水濃縮では避けられない伝熱面の付着スケール除去を解体・組立で容易にできる。海水濃縮では材質にチタンを使用しなければならないのでコスト高になる。
適正な熱交換器の使用・操業によって熱利用効率の向上が図れるので、操業方法の検討や設備更新時の課題としてみてはどうだろうか。