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たばこ塩産業 塩事業版  2008.11.25

塩・話・解・題 44 

東海大学海洋学部非常勤講師

橋本壽夫

 

愛の神アフロディテと減塩の問題点

 

ギリシャ神話には愛と美と性の神としてアフロディテが出てくる。アフロディテと塩との話題から始まり、塩について現代科学で分かってきたこと、特に減塩に対する生殖への影響を始め、他の疾患との関連を文献で調査・考察した論文が最近のNephrology Dialysis Transplantation(腎臓・透析・移植誌2008232154)に発表された。若干の解説を加えながら、その内容を紹介する。

性欲を維持する塩の女神

アフロディテはローマ神話におけるヴィーナスに相当する神。
  古代ギリシャ神話では、ウラノス(天空神)の切り落とされた性器から射精された精子が海に漂い泡立ち、そこからアフロディテは生まれたとされ、塩溶液の泡から人類が生まれた起源を象徴している。
 アフロディテはしばしば手に小さな塩の袋を持って作られている。誕生が海の泡の中にある塩と関係させているのであろう。今日でも天日蒸発で塩が結晶し始めるときに出てくる軽く白い塩はaphros(アフロス:泡)に因んでaphrinaと呼ばれる。
  アフロディテ祭に参加するには塩袋を持たなければならない。これらの祭りは塩から生まれた女神と性欲を維持できるように神から授かった塩を守るために考えられた。
 古代から塩は食品保存に広く使われてきただけでなく、性的不能の治療にも使われてきた。では夫の性欲を増すために婦人が夫に塩を振りかけている。

性欲を増加させるために夫に塩を振りかけている婦人

認識されていた塩の機能

 古代ギリシャの哲学者アリストテレスは環境と健康に関心を持っていた。水やミネラル・バランスをコントロールすると羊を健康な状態に維持でき、塩水を飲む動物は早くから交尾できる。動物が出産し授乳する前に塩を与えなければならない。出産の時機が近づくにつれて塩辛い餌をメス羊に与えると乳房が大きくなる、と述べている。
 ローマ帝政時代のギリシャ人の著述家プルタークは塩の生殖力を力説した。例えば、塩が興奮させ欲情を高めやすいことから、エジプトの司祭は純潔を守るために塩を避けるとか、犬を交配させる司祭たちは、メス犬に塩を与えて眠っている色欲や精力を目覚めさせたとか、塩を運ぶ船は多数のねずみを繁殖させる、などと言った。塩摂取量が性的成熟、情欲、交尾、妊娠期間などと関係しているらしいと考えていた。

証拠のない減塩のメリット

 血液中のナトリウム濃度は腎臓によって何時も一定に維持されている。これをナトリウム・ホメオスタシス(恒常性)と称する。この働きによりナトリウム()摂取量が変化しても血液中のナトリウム濃度は変わらず、塩欲求を起すことはない。
  しかしラットでは、妊娠すると塩欲求が起こり、塩を探すようになる。授乳中のラットには4日間塩を与えないと、著しく塩摂取量を増加させた。妊娠中の胎児の成長や授乳中の新生児の代謝で要求される増加に対応した現象である。
 約50年前に妊娠初期の婦人に及ぼす高塩食と低塩食の影響を調べた。高塩食では妊娠中の浮腫、妊娠中毒症、出血事故、周産期死亡(妊娠22週以後の死産から出生後満7日未満までの死亡)などの低下を示した。低塩食では妊婦の血圧を増加させることも観察された。したがって、妊娠中の塩摂取量低下には注意すべきで、特に妊娠に伴って悪化する高血圧の危険性には気を付ける。妊婦では減塩がメリットになる証拠はない。

生殖における減塩の影響

 交尾行動やほ乳動物の生理状態に電解質バランスは影響を及ぼす。牛の受精率変動の50%以上は塩摂取量を含めた栄養因子で説明される。ナトリウム欠乏に付随した過剰のカリウム摂取量は異常な発情周期、子宮内膜炎、小胞状嚢腫などによって受精率を低下させる。
  豚ではナトリウム摂取量の低下は胎児の体重を低下させ、1生殖周期以上も続くと出産数が減る。離乳から発情までの平均的な期間が2倍になり、多くの豚が上手く交尾できない。
  動物では自然な塩摂取量と必要に応じた塩摂取量の両方が生理的、遺伝的因子によって決められる。それらの因子は特別な塩嗜好を生じさせる。多くの種で低塩食と体内ナトリウム蓄積の欠乏は塩嗜好を刺激する。塩摂取量が少ないとナトリウムを要求する風味に対する抹消と中枢味覚神経の応答が鈍くなる。その結果、ラットは通常避けるような塩辛い餌を大量に食べる。また発育初期のナトリウム欠乏は成長してからの塩欲求を引き起こす。
 低塩摂取量は性交不能を含めて無気力や疲労によって特徴付けられる慢性疲労症候群の原因とみなされている。具体的には集中力、注意力、記憶力などの障害や性欲減退、起立性低血圧が生じる。

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 結論として、減塩は出産、妊娠、授乳に大きな影響を及ぼす。食事による神経生理学的機構の変化は古代ギリシャ人によって既に推定されていた。生殖に関与しているいくつかのホルモンは塩欲求を引き起こすらしい。
  性的機能の変化は高血圧管理の厳しい減塩と関係した潜在的な問題として知られている。塩摂取量が極端に少ない狩猟採取生活者の出生率は低く、寿命は短い。
  最適塩摂取量を考えるとき、古代ギリシャ神話の塩に起因する出産や性欲の喚起力に及ぼす塩辛い海の泡の強力な影響について忘れてはならないし、生殖能力や性交に対してはナトリウムが十分にある状態が大きく寄与していることを忘れないように、と結んでいる。