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たばこ塩産業 塩事業版  2008.6.25

塩・話・解・題 39 

東海大学海洋学部非常勤講師

橋本壽夫

アメリカ塩協会 減塩運動への批判

 塩の生産者で構成されているアメリカ塩協会(SI)は、塩が悪者にされている事態に対して塩が健康に関与している事態を正しく認識してもらうために、国へのロビー活動や広報活動をしている。食塩摂取量と健康問題に関して長年続いている論争で、減塩推進論者の主張に対する妥当性を検証し、自らも公表データを解析して反論した論文「塩大論争」を発表した。その内容を紹介する。

SIが広報活動を強化

SIは塩と健康に関する広報活動の一つとして栄養政策立案者向けに2006年冬から季刊で情報発信を始めた。技術部長のモルトン・サテンが2006年夏に就任してからのことで、最初は誰が書いているのか分からなかったが、最近では記名して季節ごとに発行されている。この内容は翻訳されて著者のホームページに掲載されている。
  SIのホームページには200510月から毎月、塩に関する出来事をコメントとともに書かれているSaltSensibility欄がある。最近ではハンネマン会長と二人で書くので充実した内容になってきた。外部記事に対してはリンクが張られており、有用性が高い。
  最近、Cereal Foods World(2008, Vol.53, No.1, 9-16)に「塩大論争」と題した論文を発表し、減塩推進論者の不備や矛盾点を突いた。以下、それを紹介する。
  なお、サテン氏は食品・調味料の専門家で、カナダの民間会社で食品の製品開発に携わったのち、ローマの世界農業機構(FAO)16年間以上も農林産業計画を担当してきた。

強力に減塩を推進する機関は?

 塩と健康論争で最も影響を及ぼす塩反対派には2005年に設立された「塩と健康に関する国際活動」(WASH)と称する国際グループがあり、それから派生した「塩と健康に関する世論活動」(CASH)がある。イギリスのCASH/WASHグループの主張は加工食品中の塩を減らすことである。
 イギリスの食品標準局(FSA)は食品工業界に向けて積極的な減塩運動を始めてきた。高食塩摂取量と高血圧との関係に基づいて、1994年に平均食塩摂取量を9 g/dから6 g/dへ減らすことを勧める運動を始めた。20049月には“塩の摂り過ぎは心臓に悪い”というメッセージで消費者意識の啓蒙運動を始め、200510月から消費者に食品表示を確認させ、6 g/d以上摂取しないことを目指して、高食塩含有量の食品には例えば赤字で注意を促す警告表示を行っている。
  しかし、この運動は効を奏していない。ナトリウム摂取量が3,800から3,600 mg(9.65から9.14 gの食塩)に減ってきたが、この減少速度では目標値に達するのに32年間もかかるからである。
 アメリカの公益科学センター(CSPI)は食品医薬品局(FDA)に食品添加物のGRASリスト(一般的に安全と認められている物のリスト)から塩を外すように要求している。1958年にGRASリストの審議が始まった時、数千年にわたって安全であると証明されてきた物として塩をリストに入れることが決定された。塩除外の要求に対してFDA20083月までに要求理由の提出を要請しており、結論が出るまでに時間がかかりそうである。
  200710月に食品製造協会(GMA)CSPIとの合同で開催された会議で、WASHメンバーのCSPI会長は“ナトリウムに関する論争は終わった。塩が良いか悪いかについて、もはや論争はない”と講演で述べた。この一方的な断定の目的は、参加者から論争が終わったかどうかの質問があれば、ナトリウムが全く悪いことを示す戦略の一つとすることであった。しかし、目論見は外れ、減塩だけに焦点を置くことで解決されるのではなく、総合的な食事の質を改善することが必要である、と会議では結論付けられた。
 カナダ政府は減塩に関する作業グループを設置した。そのグループに任命されたのは、CSPI会長の“ナトリウムに関する論争は終わった”とする意向に賛同する人々だけである。しかし、カナダの心臓血管疾患による死亡率低下の傾向は減塩を達成したフィンランドのそれよりも低いという事実に反しており、減塩を勧める意義があるのだろうか。

健康との関係で食塩摂取量が示す証拠

 食塩摂取量と健康との関係について明らかにしようとした国際的な研究にインターソルト・スタディがあるが、その食塩摂取量データとアメリカ国勢調査の国際データベースからの寿命予測データを組み合わせると図1に示すようになる。これから食塩摂取量が多くなるほど、予測寿命は長くなるとの結論がえられる。しかし、元々のデータで食塩摂取量の極端に少ない原始社会の数点を除くと、食塩摂取量と血圧との関係はないことを示しており、あまりにも違う生活条件の社会を食塩摂取量だけで比較することに意味があるとは思えない。

食塩摂取量と寿命予測

 食事による高血圧予防(DASH)研究は、果物・野菜と低脂肪乳製品を多く食べることが大きく血圧を低下させることを明らかにした。現在のナトリウム摂取量から推奨ナトリウム摂取量まで減塩すると収縮期血圧(最高血圧)が平均2.1 mmHg低下したが、ナトリウム摂取量を変えないで、通常食からDASH食に変えただけで収縮期血圧は5.9 mmHg低下し、減塩による結果の約3倍の低下を示した。しかし、WASHメンバーがDASH研究を述べる時には、DASH食だけよりも減塩すると効果が大きいことを必ず述べて減塩を強調する。

減塩で予測寿命が伸びたか?

 減塩の事例を強調するために、WASHメンバーのカーパネンらは論文で“過去25年から30年間でフィンランドの予測寿命は著しく5-6年間も上昇し、総合的な減塩が重要な役割を演じてきたことを示す事実がある”と述べた。彼等はフィンランドの健康結果の劇的な改善を50%の減塩によるものとした。それに比べアメリカは食塩摂取量を減らしていないとしている。
 確かにアメリカの食塩摂取量は図2に示すように上昇傾向にある。世界の心臓血管疾患インフォベースは過去35年間にわたる虚血性心疾患による死亡率を発表している。サテンはこのデータからアメリカとフィンランドを比較した。その結果、減塩を達成したフィンランドよりも摂取量が上昇傾向にあるアメリカの方が、虚血性心疾患による死亡率の低下は大きく、カーパネンらの主張は間違っており、どちらかと言えば事実は反対である。

アメリカの食塩摂取量の変遷

これは図3に示す各国の虚血性心疾患死亡率の低下傾向を見ると一層明らかで、フィンランドを除くヨーロッパの5ヶ国はどこも減塩を主張していない。1970年代の始めにフィンランドの危険率に一番近かったのはカナダであった。カナダでは2000年までに減塩しないでフィンランドの2倍に当たる虚血性心疾患の死亡率を低下させてきた。

8ヶ国の虚血性心疾患死亡率の変遷

 次にサテンは寿命予測について考察した。アメリカ国勢調査の国際データベースでは1970-2000年間で寿命予測の増加は表1に示す通りである。フィンランドで経験した5-6年の寿命予測の増加も減塩の結果であるとカーパネンらは主張しているが、近隣諸国と比較すると中間である。寿命予測に関する限り、減塩努力に対する健康利益は標準以下であった。フィンランドは大きな減塩を達成したが、健康改善に果たした減塩の効果は、減塩をしなかった近隣諸国や同様の社会、経済、食事、医療システムをもつ諸国と比較して低かった。
        

表1 1970-2000年間の寿命予測の増加
30年間の寿命予測の増加(年)
アメリカ 8.0
カナダ 6.8
イタリア 6.7
スェーデン 6.0
デンマーク 5.5
イギリス 5.5
フィンランド 5.5
オランダ 4.5
出典:アメリカ国勢調査の国際データベース

          ◇         ◇         ◇

 以上が「塩大論争」で展開したサテンの論旨で、減塩が虚血性心疾患による死亡率低下や寿命予測の増加に関係していなことを示している。
 日本でも食塩摂取量と脳卒中を始め各種疾患の罹患率や死亡率に関係はなく、平均余命については、男性では関係なく、女性では弱い逆相関が見られることをかつて筆者は本紙で報告したことがある。