たばこ塩産業 塩事業版 2008.5.25
塩・話・解・題 38
東海大学海洋学部非常勤講師
橋本壽夫
環境にやさしいイオン交換膜製塩法
大気中の炭酸ガスが増加し地球の温暖化が進むことから、国際的に炭酸ガスの排出を規制しようとしている。炭酸ガスの排出を抑制する技術開発は環境にやさしい技術開発と言える。エネルギー資源の乏しい我が国の製塩技術開発では、エネルギー費を削減し製塩コストを低下させることに主眼を置いてきた。このことが今では環境にやさしい製塩法を開発してきたことになる。今回は概略の炭酸ガス排泄量からイオン交換膜製塩法がどれくらい環境にやさしい製塩法であるかを考えてみる。
炭酸ガスを排出しない製塩法
それは天日製塩法である。太陽熱と風で海水を自然蒸発させるからである。しかし、海水取水・移動、塩の収穫、輸送、粉砕、篩別でエネルギーを使うので、炭酸ガスの排泄が皆無という訳にはいかないが、問題にするほどではない。
岩塩鉱からの乾式採鉱法でも多分、天日製塩法と同程度の炭酸ガス排出量ではなかろうか。岩塩坑ではディーゼル・エンジンによる炭酸ガス排出で坑内環境が悪くなるので換気に努めており、輸送機関は電気機関に換わってきている。
製塩法別の炭酸ガス発生量
飽和かん水からの製塩法
26%の飽和食塩水(飽和かん水)から1トンの塩を得るためには3.6トンの水を蒸発させなければならない。水の蒸発潜熱を540 kcal/kgとすると約2,000
tcal/t-NaClの熱量が必要になる。C重油の炭素量を80%として1トンの重油を燃やすと約3トンの炭酸ガスが発生することになる。
重油の発熱量を10 tcal/kgとすると200 kg重油/t-NaClの重油が必要となる。これから飽和食塩水から1トンの塩を製造するのに600 kgの炭酸ガスが発生することになる。
岩塩鉱に淡水を注入して塩を溶かし出して採鉱する溶解採鉱法では淡水注入速度によって必ずしも飽和溶液にはならないが、輸入塩の溶解再製法では必ず飽和溶液にすることができるので、1トンの塩製造で600 kgの炭酸ガス発生をベースに考えることができる。
しかし、これは熱回収率、燃焼効率などを100%とした理論的な計算値であり、実際には蒸発装置の熱回収率や加熱装置の燃焼効率(燃料の発熱量に対する利用熱量の割合)等の低下によって重油量は大きく変わるので、炭酸ガス発生量は何倍にも増加することになる。
真空式蒸発装置のような大規模な蒸発装置では、十分な保温が施され出来るだけ熱を逃がさないようにしており、高温で排出される溶液の熱は予熱器で熱回収され、蒸発した蒸気は加熱源として何回か再利用されるので、総合的に考えると燃料の熱利用率は240%(三重効用)や320%(四重効用)にもなるので、使用燃料は1/2.4や1/3.2になる。つまり塩1トン当たりの炭酸ガス発生量は250 kgとか190 kgまで低下することになる。
ところが特別な保温や熱回収もしないボイラー・平釜の組合せで製塩する場合には総合的な熱利用率は恐らく50%以下になると思われ、炭酸ガス発生量は600 kgの2倍以上に跳ね上がる。さらにボイラーを利用しないで、直に平釜を加熱する場合には熱利用率は20とか30%ともっと悪くなり、炭酸ガス発生量は4倍以上にもなるであろう。すなわち2.4トン以上、3トンにも4トンにもなるであろう。
日本では天日塩を輸入しているので、前述した他に天日塩の輸送にかかる燃料から発生する炭酸ガス量が追加されることになる。
海水から塩が析出し始める飽和溶液にするには10倍の濃度になるまで濃縮しなければならない。1トンの塩を採るためには40トンの海水が必要で、飽和溶液にするには36トンの水を蒸発させ、さらに前述したように3.6トンを蒸発させるので合計39.6トンの水を蒸発させることになる。
そのためには21,000 tcal/t-NaClの熱量が必要になる。必要な重油量は2,100 kg/t-NaClとなり6.3トンもの炭酸ガスが排出されることになる。
塩の専売制度が廃止になり、海水からの製塩が自由になって各地で平釜による製塩が行われるようになってきた。このような装置による熱利用率は非常に悪いので、炭酸ガス発生量は6.3トンの数倍になるだろう。
海水予備濃縮製塩法
海水を直接加熱して製塩するには塩が析出してくるまでに膨大なエネルギーが必要とされるので、予め逆浸透法で海水を2倍程度に濃縮すると、前に考察した36トンの半分の18トンを蒸発させるに必要な燃料が節約され、熱利用率を考慮すると大幅に炭酸ガスの排泄量は低下することになるが、それにしても塩1トン当たり少なくとも10トン台の炭酸ガスが発生することには間違いない。
自家発電により熱量を軽減
イオン交換膜製塩法では、イオン交換膜電気透析法で海水の予備濃縮をさらに進めて海水の6〜7倍にまで濃度を高める。飽和かん水にするまでにまだ1〜2トンの水を蒸発させなければならない。つまり0.5〜1 tcal/t-NaClの熱量が必要であるが、炭酸ガス発生量は2,3 kgで問題とするほどではない。この方法では海水の電気透析に大量の電気を必要とするので、高圧蒸気タービンによる自家発電装置を設置して必要な電力をまかない、発電装置からの低圧排出蒸気を真空式蒸発缶の熱源に利用している。自家発電では透析に必要な電力だけでなく、循環ポンプに必要な電力を含め、製塩工場に必要な電力までまかなっており、それに必要な熱量は投入熱量の22%程度である。このようにすることによってイオン交換膜製塩法での熱利用率は200%(三重効用)から250%(四重効用)まで向上する。したがって、塩1トン当たりの炭酸ガス発生量は600 kgの1/2から1/2.5の300 kgから240 kgとなる。
非常に大雑把な計算ではあるが、この数値は飽和かん水から製塩する場合の値に近い。平釜製塩法に比べると桁違いに炭酸ガス発生量が少なく環境にやさしい製塩法だ。逆にいえば、イオン交換膜製塩法による塩が平釜塩に置き換わると、その分、桁違いに炭酸ガス発生量が増え、環境汚染を促進させることになる。