たばこ塩産業 塩事業版 2008.2.25
塩・話・解・題 35
東海大学海洋学部非常勤講師
橋本壽夫
食塩摂取量と腎不全の関係は?
先月号では食塩摂取量と脳血管疾患、心疾患、胃癌、高血圧との関係について統計データを整理し、これらの疾患発症率は食塩摂取量と関係ないことを述べた。今回は同様の整理の仕方で腎臓関係の疾患について述べると同時に、専門家が調査データを組み合わせて関係あるかのように発表していることにも言及する。
「予断」による正相関?
厚生労働省は健康に関するいろいろな調査統計値を発表しているが、各統計値間の関係を整理したデータの発表は少ない。本川らは日本透析医学会統計調査委員会の公表データと政府の調査データを組み合わせて腎不全発症率の地域間差を検討した。調査データは1984年から2002年までの19年間である。ここで腎不全とは腎臓透析を行っている重症の患者を対象にしている。Journal of Renal Nutritionに発表されているそれらのデータを表1に示す。この表は原報のデータを修正してある。つまり原報では地域名に含まれている県名を2ヶ所間違っているからである。関東Tと近畿TにはそれぞれUがあるが、TとUの県名が入れ替わってい
表1 1984年から2002年までの地域別腎不全発症と食塩摂取量 | ||||||
地域名 | 記号 | 地域内県名 | 腎不全 * | 食塩摂取量 * | ||
患者数 (/百万人) 平均値±標準誤差 | (g/日) 平均値±標準誤差 | |||||
北海道 | A | 北海道 | 185±18 | 13.0±0.2 | ||
東北 | B | 青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島 | 170±13 | ○ | 14.0±0.2 | ● |
関東T | C | 埼玉、千葉、東京、神奈川 | 161±13 | ○ | 12.6±0.1 | |
関東U | D | 茨城、栃木、群馬、山梨、長野 | 180±15 | 13.5±0.1 | ● | |
北陸 | E | 新潟、富山、石川、福井 | 161±11 | ○ | 13.0±0.1 | ● |
東海 | F | 岐阜、愛知、静岡 | 182±12 | 12.2±0.2 | ||
近畿T | G | 京都、大阪、兵庫 | 190±13 | 11.6±0.2 | ○ | |
近畿U | H | 奈良、和歌山、 滋賀、三重 | 185±13 | 12.1±0.2 | ||
中国 | I | 鳥取、島根、岡山、広島、山口 | 177±13 | 12.4±0.2 | ||
四国 | J | 徳島、香川、愛媛、高知 | 212±16 | ● | 11.8±0.1 | ○ |
北九州 | K | 福岡、佐賀、長崎、大分 | 197±14 | ● | 12.2±0.1 | |
南九州 | L | 熊本、宮崎、 鹿児島、沖縄 | 222±16 | ● | 12.1±0.1 | ○ |
備考 上位3地域:黒塗り●、 下位3地域:白抜き○ | ||||||
* 本川正浩ら、J Renal Nutr 2007;17:118より |
る。当然のこととして分布図は間違って示されている。この発表データを基にして同氏は血圧誌の特集で腎不全マップと食塩摂取量の地域差を図に発表している。その図から「食塩摂取量には地域差が認められ、全体としては腎不全発症率と正相関したが、地域間では相関せず、むしろ腎不全の経年的な増加と関連している可能性が示唆された。なお、この解析で最も顕著な相関を示したのがカロリー摂取量で、摂取量が多いほど腎不全が少なくなる傾向が地域間でも経年変化でも明らかであった。食塩摂取量は近年、減少傾向にあり、地域差も縮小傾向にある。したがって、地域差が経年的に変化しており、腎不全の地域差と関連づける手法に限界がある可能性も考えられる。」と考察している。
間違った図から考察したため、「全体としては正相関したが、細かく見ると関連づけの手法に限界がある可能性も考えられる」と濁しているが、本当はまったく関係がないのではないかと私は思っている。
表1を基にして正しい図で示すと、腎不全マップは図1、食塩摂取量マップは図2のようになる。これらの図からは全体的には逆相関しているように見える。しかし、実際にはどうであろうか?先にあげた英文雑誌では経年変化として図3が示されている。前述したようにエネルギーとは逆相関していることが良く分かる。食塩摂取量との関係は一見何の関係もないように見えるが、エネルギー当たりの食塩摂取量を変数として設定し、相関係数を表2のように計算している。全体的には正相関しているが、地域間では逆相関しており、年間では単相関で正相関しており、多重回帰では逆相関している。結局のところ、「経年変化によって地域間差が影響を受け、解析が複雑になり、統計的な結果を弱くしているので食塩摂取量が腎不全の発症を促進させる有意な効果を示せなかった。」と述べている。
表2 12地域、19年間の腎不全とエネルギー当たりの食塩摂取量との相関係数 | ||||||
総合 12地域×19年間 ( n=228 ) | 12地域間 ( n=12 ) | 19年間 ( n=19 ) | ||||
単相関係数 | 多重回帰係数 | 単相関係数 | 多重回帰係数 | 単相関係数 | 多重回帰係数 | |
食塩摂取量/ エネルギー | 0.22(P=0.0008) | 0.14(F=12) | -0.48(P=0.11) | -0.14(F=0.2) | 0.56(P=0.012) | -0.11(F=0.2) |
本川正浩ら、J Renal Nutr 2007;17:118から抜粋 |
私には予断を持っているため、何とかして食塩摂取量との関係を見出そうとした結果のように見える。これは、エリオットらが予断を持って行ったインターソルト・スタディの結果から、何とかして食塩摂取量との関係を肯定したいとの思いでデータの再整理をして発表し、論争の的となっていることと同じである。
疾患増加の要因は他に
患者調査では腎不全だけのデータはなく、糸球体疾患,腎尿細管間質性疾患及び腎不全として整理されているが、ここでは腎不全と略称してのべる。したがって、前述した腎不全とは対象者がまったく異なる。
患者調査は3年ごとに行われ、どのような疾患で通院、あるいは入院治療しているかを調べている。食塩摂取量は毎年の調査で発表されているが、2005年については全国だけのデータで各地域についてはまだ発表されていないので、2002年までの3回の調査データと患者調査データを組み合わせて図4に示した。
全体で見ると食塩摂取量と腎不全受療率とは逆相関しているように見えるが、単年度で見るとまったく関係がないと言える。この図では分かりにくいが、表3に示すようにこの疾患による受療率は経年的に上昇している傾向が見られる。しかし、地域によってその傾向は異なっている。特に近畿T、Uはあまり上昇していない。
表3 糸球体疾患,腎尿細管間質性疾患及び 腎不全受療率(人口10万人対) | ||||
1996 | 1999 | 2002 | 2005 | |
全 国 | 78 | 80 | 91 | 104 |
北海道 | 60 | 92 | 91 | 106 |
東北 | 69 | 81 | 105 | 126 |
関東T | 63 | 73 | 76 | 95 |
関東U | 60 | 74 | 88 | 101 |
北陸 | 82 | 78 | 103 | 123 |
東海 | 71 | 79 | 81 | 101 |
近畿T | 98 | 79 | 72 | 84 |
近畿U | 55 | 76 | 84 | 80 |
中国 | 79 | 85 | 85 | 102 |
四国 | 90 | 94 | 110 | 123 |
北九州 | 110 | 94 | 140 | 158 |
南九州 | 92 | 94 | 153 | 130 |
食塩摂取量が減少して来ているにもかかわらず受療率が増加して来ていることは、少なくとも食塩摂取量と糸球体疾患,腎尿細管間質性疾患及び腎不全は正相関していないことを示している。この疾患が増加している要因は明らかに他にあるのであって、それを早急に追求して対策を立てるべきであろう。
各種調査を解析/保健・栄養政策へ
国民栄養調査の結果を見て、例えば食塩摂取量が減って来たので高血圧死亡率が減って来たと、詳細に解析もしないで単純に減塩の効果を指摘する高血圧の専門家がいる。受療率との関係で述べた報告はない。私は調査データを整理して、食塩摂取量と各種疾患との間には関係がないことを1992年の第7回国際塩シンポジウムで発表した。しかし、その後ここで紹介した本川ら以外の学者によるデータ解析の論文を目にしたことはない。
アメリカでは米国全国健康・栄養調査(National Health and Nutrition
Examination Survey: NHANES)の結果を解析して減塩の危険性を指摘する研究論文がしばしば発表され、専門誌上で論争されている。何故このような違いが出るのであろうか?日本では折角、大規模、詳細な調査データがあるのであるから、それらを解析し国民の保健・栄養政策を考える上で役立つ論文がいくつも発表されても良いのではと思うが、それには関心がないようである。