たばこ塩産業 塩事業版 2007.05.25
塩・話・解・題 26
東海大学海洋学部非常勤講師
橋本壽夫
塩化ナトリウムの超音波利用晶析法
新たな商品で新分野を展開
超音波を利用して超微粒の塩化ナトリウム結晶を得る方法が研究されており、最近ミクロン以下の結晶を得る条件が発表された*。この塩の用途は喘息や気管支関係の疾患に対する吸入用である。その情報と喘息治療用サナトリウム・装置と作用機構について紹介する。
*Chemical Engineering Science 2007, 62(9), 2445-2453
◎ 超音波利用晶析法の研究進む
より小さく粒径均一に
従来の製造法
呼吸用に使用できる塩粒子の粒径範囲は5ミクロン以下であるという。その粒径の塩粒子を製造する従来の方法としては、次に示す方法がある。
しかし、いろいろと難点がある。
◇ ◇ ◇
@ 真空式製塩で得られた結晶を乾燥粉砕することが一般的であるが、エネルギーと時間がかかり、製 品に不純物が入り易い上に、粒径制御が難しく、形状が不適当で、表面電荷が変り、結晶性が低下 する。
A 噴霧乾燥法があるが、収率が悪く、熱分解の問題があり、2ミクロン以下の粒子の捕捉効果が低く 、粒径分布のコントロールが難しく、ノズルの目詰まりをおこす、という悩みがある。噴霧乾燥 品は不安定で再結晶で大きな塊を生成し、吸入用には不適当である、との観察もある。
B 水溶液に溶媒を添加して急速に塩化ナトリウムを沈殿させる方法があるが、エアロゾル用には粒径 範囲や粒形の面で不適当である。
超音波利用による超微粒塩晶析法
エアロゾル用の粒子としては粒径、粒度分布、安定性、粒形、表面の粗さ等の条件を整える必要がある。そのような粒子の塩を作る方法として超音波利用晶析法があり、いろいろと研究されているようだ。この方法の長所は、従来の方法と比較してより小さな粒径の塩を生産でき、装置の経済性が良く、常温・常圧で操作され、薬剤製造に適した単純な形状の反応容器を使用できる、などである。また、過飽和度が比較的低いので、初期の結晶成長を制御でき、製品の粒度分布を狭くさせられる。
液中では超音波振動により微細な気泡ができる。気泡により低い飽和度で均一な粒径と形状の結晶核が生じる。超音波利用による超微粒塩晶析法ではこの気泡発生がポイントとなる。気泡発生に影響を及ぼす要因は超音波出力、処理時間、温度、振動数、形状等であるが、この研究報告では実験条件として温度、出力、塩化ナトリウム濃度を変化させてミクロン以下の塩化ナトリウム結晶を得る最適条件を決定している。
◎ 塩化ナトリウム入りエアロゾル
気管支の平滑筋が収縮
喘息の発作は気道(気管支)が収縮して空気が通りにくくなることによって生じる。発作を誘引する刺激を与えるいろいろな物がある。喘息患者や運動で喘息を引き起こす人、警察官、軍人、ダイバーになりたい人々に対して喘息の有無を明らかにする気管支刺激テストを行なうために塩化ナトリウムが入ったエアロゾルが使われるという。
エアロゾル中に超微粒塩結晶を分散させて気管支に吸入させると、粘膜表面を覆っている粘液の浸透圧を上昇させる。気管支の平滑筋は浸透圧の変化に応じて収縮する。その効果を最適にするには、エアロゾル中の塩結晶を出来るだけ小さくして表面積を最大にする。
この機構によると、塩化ナトリウム・エアロゾルによって喘息が誘引されるようであり、塩化ナトリウム・エアロゾルの喘息治療効果と矛盾するように思われるが、吸引されるエアロゾルの濃度によって作用効果が異なるのかもしれない。
◎ 喘息治療の歴史とサナトリウム
岩塩鉱の微気象に効能
塩の超微粒エアロゾルを用いた喘息治療はハロセラピー(halotherapy:ギリシャ語で塩halosに由来する)と言われ、非薬物療法に当たる物理療法の範疇に入る。これは19世紀初期から東ヨーロッパの古い岩塩鉱で行なわれてきたスペレオセラピー(speleotherapy:ギリシャ語で洞窟speleosに由来する)の条件を再現している。
岩塩を採掘していた鉱夫たちは岩塩鉱内の微気象が呼吸疾患に良いことを数世紀も前に知っていた。1843年にポーランドの医者が初めてその治療効果を発表した。岩塩鉱の微気象が治療回復効果を持っているのは、空中に浮遊する微細な塩結晶、温度、相対湿度、病原体やアレルギー物質の希少性、岩塩の放射効果、静寂な環境のためであると考えられた。
しかし、岩塩鉱によってその微気象は同じではなく、個別の条件に対する科学的根拠を明らかにすることは難しかった。旧ソビエト宇宙局は宇宙飛行士のために岩塩鉱の微気象を再現する研究を行なった。この分野でロシアは第一人者である。
岩塩鉱が喘息の治療に使われているところは、オーストリアのゾルツバッド・ザルツマン、ルーマニアのジーゲド、ポーランドのヴェーリチカ、アゼルバイジャンのナクヒシェバン、キルギスのション・トスなどである。
1980年代にロシアでは床や壁に岩塩を張付けた塩部屋が造られ、医療設備として承認された。この施設は東ヨーロッパでも使われ、北アメリカにも普及し始めた。微粒塩エアロゾルを管から吸い込む卓上型の装置もある。ハンガリーではセラミック・ソルト・パイプがあり、パキスタンやポーランドの岩塩ランプがある。
最初の二件については1 m3当りの微粒子数が測定された。科学的な証拠は十分ではないが、微粒塩投与治療よりも岩塩鉱サナトリウムの方に効果があるようである。
◎ 微粒塩投与治療の作用機構
塩の働き≠ェ状態改善
微粒塩投与治療の作用機構がいくつか考えられている。微生物に付着した微粒塩が吸湿し、落下する。これと他の機構により気道内の病原菌は死滅する。歯槽のマクロファージ数と活性が増し、免疫細胞数が正常になる。粘膜に微粒塩が付着すると粘液の粘度が低下し、気道から粘液、病原菌、堆積物を除く繊毛輸送が正常になる。慢性気管支炎患者では、治療を始めて最初の1週間に咳込みが頻繁になり、粘液が取れて改善される。治療中の患者では呼吸気中のアレルギー性物質や細菌が少なくなり、それらに対する感受性の低下により状態が改善される。
研究すべき課題は多いようであるが、新しい商品で新分野の展開を計る話題を提供した。