たばこ塩産業 塩事業版  2007.04.25

塩・話・解・題 25 

東海大学海洋学部非常勤講師

橋本壽夫

 

土壌塩性化で求められる耐塩性植物開発

塩性土壌を利用するには−

 

 人口増加と共に食糧の生産が大きな問題となってくる。森林の伐採や地球温暖化、環境の変化で砂漠化が進み、降雨量の減少で塩類蓄積が進み塩性土壌化している地域もある。食糧増産のために塩性土壌の利用を図る必要があり、それには耐塩性植物の開発が必要となってくる。この度はこれらのことについて解説する。

土壌の塩性化問題

日本は施設栽培で進む

 土壌中で塩類の移動や集積が起こり、土壌の塩性化が進行して作物の栽培に適さなくなる土壌を塩性土壌と言う。
 
これが生じるのは乾燥地域に限ったことではなく、乾期と雨期がある半乾燥地域、地下水位が高くて周囲から塩類濃度の高い水が浸入してくる所、海水の影響を受ける湖沼の干拓地、さらには施設園芸栽培で肥料を多く与え、土壌から塩類が洗い流されることのない所では、塩類が蓄積して土壌の塩性化問題を引き起こす。
 塩性土壌は電気伝導度、土壌の陽イオン交換容量中の交換性ナトリウムの占める割合、および土壌のpHによって塩性土壌、アルカリ土壌、アルカリ‐塩性土壌の3種類に分類される。世界の塩性土壌とアルカリ土壌の分布は図1に示すようになっている。
  我が国では台風による海水飛沫、多量の融氷雪用塩散布によって一時的に塩害を被ることはあるが、降雨量が多く、急流で洗い流されるために通常塩性土壌になることはない。
  しかし、ビニールハウスにおける施設栽培では多くの肥料を与え、連作し、降雨がなく、潅水で水が供給されるだけであるので、土壌の塩性化が進んでいる。
  この問題を改善する対策としては、潅水・湛水処理、無肥料で養分を吸収する作物の栽培、稲わらなどの粗大有機物の投与、ビニールを除いて降雨で洗浄、土壌の入替えなどがある。

植物の耐塩性

作物一般は塩害に弱い

 作物によって耐塩性は異なり、例えば表1のように分類される。耐塩性の一番強い作物でも海水の7から8分の1くらいの塩分濃度までしか耐えられない。したがって、作物は一般的に塩害を被るといえる。しかし、海辺や海岸に自生している植物にはもっと高塩分濃度の海水(3%)に耐えるマングローブやアツケシソウがある。
 マングローブは1種類の木の名前ではなく生えている森林全体をさす。その中にはいろいろな種類の樹木がある。マングローブは海水に浸かりながらも生育しているが、海水そのものを吸収している訳ではなく浸透している地下水やそれと混じった汽水(薄い塩水)を吸収しているとも言われている。
 アツケシソウはアカザ科に属する1年草で海水が入り込む海岸の砂地に群生する植物である。北海道釧路の厚岸で発見されて名前がつけられ、天然記念物になっている。その昔、北前船で塩を北海道に運び、帰り荷に昆布や塩鮭等を積んで来たおり空船を安定させるために現地の砂を船底に積み、その砂とともにアツケシソウが運ばれて香川県の塩田で繁殖するようになった。愛媛県の新居浜でも自生しているようであるが、塩田の廃止とともにその多くが絶滅の危機に瀕しているという。

           世界の恒常的な塩類土壌の分布
        
表1 作物の耐塩性
耐塩性 減収を伴わない土壌の塩類濃度の範囲 (%) 作 物 の 例
極 弱 0.05〜0.1 インゲン豆,人参、イチゴ、タマネギ、大根、カブ、レタス、サツマイモ
0.1〜0.2 そら豆、トウモロコシ、サトウキビ、キャベツ、ホウレン草、キュウリ、トマト、ブロッコリー、稲
0.2〜0.3 ズッキーニ、カボチャ
0.3〜0.4 ササゲ、大豆、デューラー小麦
極 強 0.4〜0.5 大麦、甜菜、綿
塩集積土壌と農業、2000、博友社より抜粋

耐塩性の仕組み

塩分排泄に4つの機能

マングローブにとって高塩分濃度という過酷な環境で育つための工夫として、種類によって次のいずれかの塩分排泄機能を持っているという。
  @吸収した過剰の塩分を葉にある塩類腺から排泄する。A塩分が体内に入らないようにろ過しながら水分を吸収する。B体内が多汁質になっており、吸収した塩分を薄める。C吸収した塩分を古い葉に集めて、その葉を落とすことにより排泄する。
  例えばヤエヤマヒルギは吸収した塩分を細胞の液胞に蓄積して、光合成を行なう葉緑体や呼吸を行なうミトコンドリアの働きに影響を与えないようにして細胞の浸透圧を高める。余分な塩分は葉の表面にある塩類腺から体外に出される。
 耐塩性の高いイグサ科の植物は高濃度の塩分を古い葉の中に蓄積し、塩分濃度がある程度以上になると葉を落として、新しい葉に高濃度の塩分を吸収できるようにする。
 アカザ属の植物は葉の表面に太くて短い塩毛と呼ばれる組織を持って、その中に塩分を集積する。塩分濃度が高くなると塩毛を落として新しい塩毛を付ける。
 この他に高い塩分濃度では葉の面積を小さくしたり、気孔や葉の数を少なくして水分蒸発量を抑え、水分吸収に伴う塩分吸収を少なくして耐塩性を高めている植物もある。

耐塩性植物の利用と開発

遺伝子組換えが主流に

 自然には耐塩性を持った生物がある。微生物では飽和食塩水濃度(26)にも耐える種類の細菌がいる。植物では少なくとも海水濃度(3%程度)に耐える品種はあるが、乾燥する際あるいは乾燥から湿潤になる塩性土壌の塩分濃度は海水濃度よりも高いと思われ、それに耐える植物もある。
  それらの耐塩性植物はタイその他でマングローブから炭の製造、エジプトで耐塩性イグサの繊維から製紙やマット製造に利用されている程度である。
 野生種のトマトには耐塩性の物もあるが実が小さい。普通のトマトと交配して中間的な大きさの実をつける耐塩性のある品種を開発したようである。交配で耐寒性の強いイネを選抜して寒いところでも米が作れるようにしてきた歴史には長い実績がある。
  現在では交配による選抜も行なわれているが、むしろ遺伝子組換えで耐病性、耐虫性、耐乾性、耐除草剤性のある品種を作り出し、一部では実用化もされ食糧の増産に貢献しているが、耐塩性の遺伝子組替えについては研究段階でこれから力を入れて行かなければならないことである。
  我が国では遺伝子組換えの食物については抵抗が強いが海外では既に受け入れられている。インドでは耐塩性のイネが開発され栽培され始めた記事が確かサイエンスに掲載された。
 食糧増産の面だけではなく、地球の環境を改善する面から耐塩性のユーカリを開発して塩性土壌や乾燥地帯に植林し、炭酸ガスを吸収して地球の温暖化を防止しようとする遺伝子組替えの研究もされている。

◇          ◇           ◇

 微生物、植物の耐塩性について解説してきた。生物が自然に進化する過程で過酷な条件でも巧妙に生き延びてくる知恵としての遺伝形質を獲得していることに驚かされる。
  これからは人口増加に対処し、地球環境を守るために安全性を考慮しながら、否応なしに人工的に遺伝子組換技術を駆使して耐塩性植物を開発して食糧の増産を確保して行くことになろう。