たばこ塩産業 塩事業版 2004.09.25
Encyclopedia[塩百科] 38
(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事
橋本壽夫
「真空式製塩法」と「加圧式製塩法」
日本で製造されている大半の塩は(イオン交換膜製塩法ならびに塩事業センターの塩は総て)真空式製塩法で製造されている。これに対して加圧式製塩法がある。現在我が国ではこの方法は使われていないが、戦後のある時期からイオン交換膜製塩法に転換する(1972年)までは使用されていた。海外では現在でも使用されている。いずれも食用塩の主要な製造法である。
真空式製塩法
蒸発缶を真空にすれば低温でもかん水が沸騰
真空式製塩法の原理は、蒸発缶を真空にすることによって低い温度でも溶液が沸点することに基づいている。水や溶液が沸騰する温度を沸点と称して、製塩における圧力と沸騰温度との関係は図1に示すようになる。全塩分濃度の違いによって線が異なり、塩分濃度の高いほど下の方にずれて描かれている。縦軸の圧力については、大気圧(絶対圧力1気圧、水銀柱で760 mmHg)以上では気圧で表し、それ以下、すなわち真空側では水銀柱で表している。この目盛りは対数目盛となっており、等間隔ではないので読み取りづらい。
一番上の線が水の場合である。横軸は沸騰する温度を表している。この図から水は大気圧では100℃で沸騰することが読み取れる。蒸発缶の真空側の300 mmHg(通常、真空度と言う言葉で表すが、その時には760 mmHgから300 mmHgを差し引いた値で言う。したがって、この場合は真空度460 mmHgとなる)にすると75℃、100 mmHg(真空度660 mmHg)にすると51℃で沸騰することがそれぞれ読み取れる。すなわち、真空度が高いほど低い温度で沸騰させることができる。
真空は蒸気を冷却水で液体にすることにより形成される。冷却水には海水を使用するので、海水の温度が低いほど真空度が高くなる。通常、夏場の海水温度は25℃位であるから、真空度は737
mmHgとなる。
塩分濃度が高くなると下にずれているが、これは大気圧のところで見ると、最高の塩分濃度(波線)では、107℃位にならないと沸騰しないことを表している。水の沸点との温度差7℃を沸点上昇という。これについては別の機会に述べる。
缶の真空度を上げて順次、かん水を沸騰
真空式製塩法では蒸発缶の構成は例えば図2に示すようになっている。これは三重効用式蒸発缶と言われている。それぞれの蒸発缶を左側の缶内圧力の高い方から第1効用缶(1号缶)、第2効用缶(2号缶)、第3効用缶(3号缶)と称する。最初にボイラーからの蒸気を1号缶の熱交換器に供給して大気圧でかん水(海水を濃縮した濃い塩水)を沸騰させる。そこで蒸発した蒸気を熱源として真空度を上げた2号缶に供給してかん水を沸騰させる。同様にして蒸発蒸気を熱源としてさらに真空度を上げた3号缶に供給してかん水を沸騰させる。そこで蒸発した蒸気はバロメトリックコンデンサー(蒸気と海水を直接接触させて蒸気を液化させることにより真空を形成させる機器)で冷却され液体となる。
以上が真空式製塩法の原理であり、このようなかん水の蒸発濃縮システムを三重効用式の真空式製塩法と称する。もう一缶、低圧側の蒸発缶を設置すれば、四重効用式となる。
熱回収率・「効用数」で大きく変わる蒸発倍数
最初にボイラーから供給した蒸気量の何倍の蒸気が蒸発したかを表す数値を蒸発倍数と称する。この数値が大きいほど、少ない供給蒸気量(エネルギー量)で多くの水を蒸発させて濃縮したことになるので、真空式製塩法の効率の良さを表す指標の一つとなっている。この数値は装置の熱回収率(幅で表示)、効用数によって図3に示すように大きく変わる。図では八重効用まで示されているが、現実には四重効用までで操業されている。
加圧式製塩法
断熱圧縮した蒸気でかん水を蒸発・濃縮
蒸気は断熱圧縮されて圧力が高くなると温度が上昇する。このことを利用して蒸発した蒸気を断熱圧縮して、温度が高くなった蒸気を熱源として自缶の熱交換器に供給してかん水を加熱し、蒸発濃縮させる方法が加圧式製塩法の原理である。電力費が安く、岩塩を溶解した飽和かん水を煮詰める製塩法を採用している海外では現在でも良く行われている。
断熱圧縮という聞き慣れない言葉が出てきたが、これを利用しているのが冷凍機である。家庭用の冷蔵庫で考えて見ると、今の冷蔵庫は熱交換器を冷蔵庫の壁面に埋め込んであるので判りにくいが、昔の冷蔵庫には裏側に細いフィン付きの銅管があった。圧縮機が回っておれば、そこを触ると熱かった。つまり液体の冷媒は膨張弁で断熱膨張し、液体の気化熱と同時に断熱膨張で冷媒の温度が下がり、冷蔵庫内を冷却するが、温度の下がった冷媒は圧縮機で断熱圧縮され温度が上がり、部屋の空気で冷やされて液化する。つまり空気を温める。水冷式冷凍機では冷却水を温める。卑近な事例で断熱圧縮をくどくどと説明したが、加圧式製塩法ではこの工程を大規模に行ってかん水を温め蒸発させている。
加圧式製塩法では蒸気を断熱圧縮する方法に2通りある。機械圧縮とエゼクター圧縮である。
機械圧縮:図4に示すように蒸発蒸気を圧縮機で断熱圧縮する。用いる圧縮機は往復動圧縮機、ルーツブロワー、軸流圧縮機、タービン圧縮機など様々であるが、いずれも使用するエネルギーは電気または蒸気である。設備費が嵩み、メンテナンスも面倒である。この方式による製塩は戦後に塩田を持っていない製塩工場で行われていた。
エゼクター圧縮:図5に示すように圧縮機にはエゼクターを使用する。エゼクターとは抽気器、排出器とも呼ばれる可動部のない簡単な装置であるので、メンテナンスが非常に楽である。昭和30年頃から真空式蒸発缶のトップ缶に採用され、生産能力が50〜60%向上した。図5で説明すると、ボイラーから15気圧の蒸気をエゼクターに入れ、そのノズルから高速で蒸気を拡張管に噴き出させ2気圧程度まで下げる。その時、断熱膨張で温度は下がるが熱量としては同じである。エゼクター缶から蒸発した大気圧(絶対圧力で1気圧)の蒸気(100℃)を吸い込んで絶対圧力の2気圧まで圧縮することになり、そのため温度が120℃まで上昇し、その蒸気を同じ蒸発缶の加熱器に供給することによりかん水を蒸発させることができる。これがエゼクター圧縮による加圧式蒸発缶の原理である。
余剰の蒸気は真空蒸発缶の第1号缶に熱源として供給される。ボイラー蒸気をどのみち2気圧まで下げるのであるから、その時に1気圧の蒸気を2気圧まで圧縮し、温度上昇させて蒸発蒸気を有効利用する考え方である。現在では、この方式は使われていない。高圧ボイラーと自家発電装置を持った現在の製塩システムでは、所用電力を自家発電量で間に合わせ、出来るだけ買電をしないように運転操作することが経済的であるとされている。経済的なシステムを組む上でエゼクター加圧方式を取り入れることも一考の価値があるように思える。
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