たばこ塩産業 塩事業版 2004.06.25
Encyclopedia[塩百科] 35
(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事
橋本壽夫
特有の作用を及ぼす 塩とタンパク質 生体機能でも重要な関係
前回は塩の用途・作用を浸透圧の面から考えてみた。今回は塩とタンパク質との関係について考えてみる。塩はある種のタンパク質に対して特有の作用を及ぼす。その特性を利用して調理、食品加工、その他に利用され、生体機能でも重要な関係を持っている。
食品原料の物性を変える塩のタンパク質溶解作用
塩はある種のタンパク質を溶解させて食品原料の物性を変える。その後の加熱によって変わった物性が生かされたいろいろな食品ができる。
塩水の活用−魚肉練製品
魚や肉の全タンパク質量の約60%を筋原繊維タンパク質は占めている。それは機能に基づき収縮タンパク質、調節タンパク質、骨格タンパク質など約20種類にも分かれている。
骨格筋は死後硬直により硬くなり、魚で言えば活きが良いと喜ばれるが、肉の場合は硬いので、時間をかけて熟成させ、筋原繊維の構造変化(アクチン−ミオシン間の硬直結合が弱くなる)によって軟化し、食用に適した食肉になる。
骨格筋ではアクチンが筋原繊維の細い繊維を構成しており、筋肉の収縮などに関与している。筋原繊維タンパク質の中ではミオシンが43%を占め、太い繊維構造を形成しており、アクチンとともに筋肉の収縮に関与している。
繊維状のミオシンは添加される塩によって単分子に分散し、加熱によってゲル(例えば、寒天を熱水で溶かしたときにはドロッとした溶液になる。この状態をゾルと言い、冷えて固まった固体の状態をゲルと言う)を形成する。したがって、ミオシンは食肉製品の保水性や結着性を支配する因子である。ミオシンとアクチンと相互作用の程度で食肉の軟らかさが変わってくる。
図(上)はアクチンとミオシンとの混合比によって魚すり身の粘度やゲル強度が変わる様子を示している。また、下の図は食塩濃度とゲル強度との関係を示している。
ちくわ、かまぼこ、魚肉ソーセージ等の魚肉練り製品では、魚肉を捏和機(ねっかき:家庭用の餅つき器のようにこね回す機械)に入れて塩水を加え、十分に練り込んで粘りを出したすり身する。それを成形して加熱すると、粘りと歯ごたえ(テクスチャーという)のある練製品ができる。
食肉の加工製品であるハム、ソーセージ、ハンバーグでは、全体を練り込んで製品にすることはないが、肉がバラバラにならないように、つなぎの肉を混ぜる。つなぎの肉は加熱処理より肉塊の結着性を良くするために練り製品と同様の操作をする。
一方、水に溶けるか、溶けないかでタンパク質を分類すると、アルブミンとグロブリンに分けられる。前者は水に溶け、後者は溶けない。しかし、グロブリンは塩水には溶ける。
塩のグルテン形成−麺類
小麦にはグリアジンとグルテニンというタンパク質が含まれている。いずれも貯蔵タンパク質で前者は約50%を占める一群のプロラミンの総称、後者は約40%を占めるグルテリンの総称である。これらはいずれも水および塩水には溶けない。
しかし、塩水で捏ねるとグリアジンとグルテニンによって網目構造を持つグルテンが形成され、粘りが出てきて粘弾性のあるドウができる。グルテンはガム状の物質であり、その成分は上記のタンパク質以外に少量のアルブミンとグロブリンが混入されている。
このようにして、いわゆるこしのあるうどんや、そーめんができる。そーめんが切れないで細く伸ばせるのも、塩の入れ加減でグルテンが形成されるお陰である。
麺類と同作用−パン菓子類
パン菓子類のドウを作るのも、基本的には麺類と同じである。小麦粉に塩を入れて練り上げ、グルテンを形成させてドウを作り、パン酵母菌で発酵させてふわふわとした歯応えの良い美味しいパンとなる。これも塩のお陰である。
その他−皮のなめしにも
動物の皮が革製品として使えるようにするには、皮をなめさなければならない。いわゆる皮なめしには塩が使われる。塩の役目は塩漬けにより皮の腐敗を防ぐこともあるが、皮に付着しているタンパク質を溶解して除く働きもしている。
塩が促進・失活させるタンパク質の変性作用
タンパク質の分子は固有の高次構造をとっているが、一次構造は変化せず、高次構造のみが破壊されることをタンパク質の変性といい、変性を起こしたタンパク質を変性タンパク質という。変性は、加熱、凍結、高圧などによる物理的要因と、酸アルカリなどの変性剤、界面活性剤などの化学的要因に分けられる。
塩はタンパク質の熱変性作用を促進させる。タンパク質は熱によって凝固し硬くなる。つまり生の状態から煮えた、あるいは焼けた状態になる。熱によって性質が変わることからこれを熱変性と称している。塩があると熱変性を起こす温度が低くなる。この作用を利用するために、卵をゆでるときには少し塩を入れておくとか、焼き肉、焼き魚では塩を振り掛ける。このことにより、タンパク質が早く熱凝固を起こし、ひび割れた卵からの白身のはみ出しを抑えるとか、旨味のある肉汁や魚汁が流れ出るのを防ぐ意味がある。
タンパク質の変性と言えば、酵素の活性作用を失活させる。顕著な事例では、皮をむいたりんごの色が褐色に変わるのを防ぐために塩水に浸けることがある。リンゴに含まれているポリフェノールは空気に触れて過酸化酵素の作用により酸化され褐色になる。塩はこの過酸化酵素の活性を失わせるので、酸化が防止され色が変わらなくなる。
その他タンパク質との関係
塩酸が分解する消化酵素の賦活
タンパク質を消化する酵素の一つであるペプシンは、その前駆体であるペプシノーゲンとして胃から分泌される。これにはタンパク質を分解する力はないが、胃酸の成分である塩酸(塩から生成する)によってタンパク質を分解するペプシンに変わる。つまり塩(の成分)は酵素を活性化させる。
アミノ酸の腸管吸収にひと役
摂取されたタンパク質は消化酵素により最終的にアミノ酸にまで分解される。タンパク質が体の栄養源になるには、アミノ酸まで分解された後、腸管で吸収されなければならない。アミノ酸吸収の際にナトリウムと結合する必要があり、アミノ酸のナトリウム塩(エン)となって体内に吸収される。これは糖質の分解物であるブドウ糖の吸収でも同じ機構が働く。
――以上、この度は塩とタンパク質との関わりについて整理してみた。
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