たばこ塩産業塩事業版 2003.05.25
Encyclopedia[塩百科] 22
(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事
橋本壽夫
一大基幹産業のソーダ工業
最大の食塩用途はソーダ工業である。食塩の化学名は塩化ナトリウム(NaCl)であり、その成分であるナトリウム(Na)と塩素(Cl)に分解して製品とする産業がソーダ工業である。製品としてはナトリウムに関連したか性ソーダ(NaOH)とソーダ灰とも言われる炭酸ソーダ(Na2CO3)、それに塩素(Cl2)と水素(H2)の4製品である。それらを原料としていろいろな化学製品が製造されるので、ソーダ工業は一大基幹産業である。そのために年間約750万トンの食塩が輸入されている。今回はソーダ工業について紹介する。
年間約750万トンの食塩を輸入
電解ソーダ工業とソーダ灰工業に大別
電解と化学反応
ソーダ工業の概要を図1に示す。ソーダ工業は電解ソーダ工業とソーダ灰工業に大きく分けられる。
まず電解ソーダの原理を説明する。食塩が水に溶けた状態では食塩の構成成分であるNaはプラスに帯電したナトリウム・イオン(Na+)に、Clはマイナスに帯電した塩化物イオン(Cl-)に分解されて存在している。現在の技術では、図2に示すように陽イオン交換膜を隔てて電極を置き、食塩水で満たされた陽極室と水で満たされた陰極室に分けて、直流電流を流してソーダ製品を作る。陽イオン交換膜は陽イオン(Na+)を通すが、陰イオン(Cl-)を通さないので、Na+イオンは膜を通って陰極に集まり、Cl-イオンは陽極に集まる。陽極に集まったCl-イオンは陽極に電子(マイナス・イオン)を与えて塩素ガスになる。つまり陽極室では食塩水の濃度が薄くなるので、新たに食塩を溶かして循環させる。一方、陰極に集まったNa+イオンは陰極から電子をもらって金属ナトリウムになるはずであるが、ナトリウムはイオンになる力が強いので、イオンとなったままで、水の成分である水酸化物イオン(OH-)と結合する。つまり、水が分解されてできた水素イオン(H+)がNa+イオンの代わりとなって陰極から電子をもらい水素ガスとなる。陰イオンであるOH-はイオン交換膜を通れないので陰極室に残り、Na+イオンとともにか性ソーダ溶液となる。つまり陰極室に水を入れればか性ソーダ溶液ができる。食塩はもともと水溶液中では100%イオンとなって分解しているので、電解法では水を電気分解させてか性ソーダにしているとも言える。
一方、ソーダ灰工業の方は化学反応となる。食塩とアンモニアと炭酸ガスを反応させて重炭酸ソーダ(重曹、NaHCO3) をつくり、それをか焼炉で焼いて炭酸ソーダにする。
多種多様な用途 日常生活に不可欠
ソーダ製品は、か性ソーダ、塩素、水素、ソーダ灰の4製品である。それぞれの製品を原料として一次製品、二次製品、最終製品へと極めて多くの製品がつくられる。
@ か性ソーダ
か性ソーダから図3に示す関連製品ができるし、直接処理剤として使われることもある。
A塩素
塩素から図4に示す関連製品ができるし、上水道の殺菌のように直接使われることもある。
Bソーダ灰
ソーダ灰から図5に示す関連製品ができるし、これも直接処理剤として使われることもある。
C水素
水素の用途と関連製品を表1に示す。
表1 水素の用途と関連製品 |
水素の品質と容態 |
用 途 と 作 用 |
工業用原料 |
製品合成用:アンモニア、メタノール、塩酸、肥料、樹脂、硝酸等 |
石油工場触媒改質:オクタン価向上、ナフテン系芳香族化合物 |
石油工業脱アルキル化反応 |
石油工業脱硫 |
高純度水素 |
油脂工業:油脂の硬化ならびに脱臭用等 |
硝子工業:石英硝子、光ファイバーの還元炎用他 |
金属工業:光輝焼鈍雰囲気用、熱処理雰囲気用 |
化学工業:特殊化学薬品の還元およびアルゴン、窒素精製用 |
発電器タービンの冷却用 |
超高純度水素 |
エピタキシャル成長:シリコンウェファ成長用キャリヤーガス |
拡散:シリコンウェファ表面にリン等を張り込ませるキャリヤーガス |
熱処理:石英ガラスの管の汚染防止 |
液体水素 |
宇宙開発用 |
ロケット燃料 |
自動車用 |
このようにソーダ工業製品は多種多様な用途に使われるので、基幹産業の一つとなっていることが分かる。食塩は食品産業で重要であるだけでなく、化学産業でも重要である。食生活では、食塩の貴重性を米と並び称して米塩という言葉があるが、食塩は化学産業の米とも言われて良い立場にある。ともかく、我々の日常生活は食塩なくしては成り立たない。
製造技術の発達
電解ソーダの製造は、製品品質が悪く、エネルギー効率の悪いアスベスト隔膜法から、製品品質の良い水銀電解法へと替わってきたが、水銀公害の問題が発生したので、イオン交換膜法へ前面転換された。イオン交換膜法では品質の良いソーダ製品が得られるが、最初は、製品トン当たりの製造に要する電力原単位が水銀法と同程度に高かった。しかし、交換膜の改良と電槽の改良で当初の70%程度まで電力原単位を低下させ、さらに低下に向けての技術開発が続けられている。
この過程は製塩に使われるイオン交換膜法でも同じであり、製塩用イオン交換膜装置の方が電力原単位の低下率が大きいが、さらに低下に向けての技術開発は行われていない。また、製塩用のイオン交換膜は材質が単一であるが、電解ソーダ用のイオン交換膜は、一歩進んで図6に示すように材質の異なる非対称の複合膜として効率を上げている。
製塩用のイオン交換膜ももう一段の性能向上の開発が望まれる。
参考文献:ソーダハンドブック、日本ソーダ工業会 (1998);化学と工業、56 447
(2003)
ソーダの話、日本ソーダ工業会 (2003)
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