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たばこ塩産業 塩事業版 2003.04.25

Encyclopedia[塩百科] 21

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

特別用途食品について

―塩化カリウム添加食塩の問題点―

特別用途食品には病者用、高齢者用、その他の食品がある。このうち病者用食品で許可基準型単一食品として低ナトリウム食品その他がある。低ナトリウム食品は14年末で113品目が許可されている。低ナトリウム食品の一つに塩化ナトリウムと塩化カリウムを半々に混合した製品がある。それには法律で決められた文言を表示しなければならない。食塩代替物として塩化カリウムを加えているが、塩化カリウムには危険な生理作用があるので、それとともに、この製品に関する行政の考え方を紹介し、考察した。

解説 塩化カリウムの生理作用

特定保健用食品とは

食品の機能性を利用して普段の食生活の中で健康に役立てるために、特定保健用食品とか、特別用途食品がある。それぞれには一目で分かる厚生労働省許可のマークが付いている。
  特定保健用食品は、身体の生理学的機能などに影響を与える保健機能成分を含んでおり、健康の維持増進に役立つことが科学的に証明されており、具体的な機能を表示できる食品で、図1のようなマークが付けられている。

     特定保健食品の印、特定用途食品の印、健康補助食品の印
  特別用途食品は、高血圧症や腎臓疾患の方のためにナトリウムを低減させたり、タンパク質の制限を必要とする腎臓疾患の方のためにタンパク質を低減させた食品および乳幼児、妊産婦用、高齢者用など特別の用途に適するという表示を厚生労働大臣が許可した食品で、図2のような厚生労働省承認マークが付けられている。低ナトリウム食品の許可を受けるには表1に示す許可基準を満たさなければならない。
  他に()日本健康・栄養食品協会が専門家の指導で厳しい審査を行って規格基準に適合した製品に図3に示す認定マークを付けて健康補助食品として販売されている製品がある。

表1 病者用低ナトリウム食品の許可基準
規        格   許容される特別  
用途表示の範囲
必要的表示事項
1.ナトリウム含量は、通常の同種の食品の(原則として四訂日本食品標準成分表による。以下同じ。)の50%以下であること。    ただし、しょうゆについては製品100g中のナトリウム量3,550mg(食塩として9g)以下とすること。 ナトリウム摂取制限を必要とする疾患(高血圧・全身性浮腫疾患(腎臓疾患、心臓疾患など))に適する旨 1.医師にナトリウム、食塩の摂取量の制限を指示された場合に限り用いる旨    2.ナトリウム、カリウム、塩素、塩化ナトリウムの含量                   3.塩化ナトリウム一定量(例えば1g)に相当する製品の数量
2.ナトリウム以外の一般栄養成分の含量は、通常の同種の食品の含量とほぼ同程度であること。ただし、低たん白質食品にあってはこの限りではない。 4.「低ナトリウム」、「低塩」並びに「減塩」など低ナトリウムを意味する文字     5.医師、管理栄養士等の相談指導を得て使用する製品の旨
6.食事療法の素材として適するものであって、多く摂取することによって疾病が治癒するというものではない旨

体内のカリウム分布・収支

 体内にあるカリウム量の95%は細胞内液(人体には60兆個の細胞があると言われている細胞の中にある液)に含まれている。ナトリウム量は逆にほとんど細胞外液(細胞と細胞との間にある組織間液や血液(血漿)のなかにある)にある。
 表2には細胞外液中の各イオン濃度とそれらの正常濃度範囲、異常濃度範囲を示す。細胞外液のK+濃度は非常に低いが細胞内液の中では140 mmol/lくらいあり、反対にNa+濃度は12 mmol/lくらいしかない。このように成分の濃度差が著しく異なるのは、細胞膜に存在するNa+,K+-ATPaseというNa+K+を低い濃度から高い濃度へ汲み上げる働きをするポンプの作用によるためで、各濃度は厳密に維持されている。

表2 細胞外液中のK+, Na+, Cl-成分と濃度範囲 (mmol/l)
成分イオン 正常値 正常範囲 およその非致死範囲
カリウム・イオン(K+) 4.2 3.8〜5.0 1.5〜9.0
ナトリウム・イオン(Na+) 142 138〜146 115〜175
クロール・イオン(Cl-) 108 103〜112 70〜130
各イオンの1mmol/l はそれぞれKで39、Naで23、Cl で35.5 mg/lである。
早川弘一監訳:ガイトンの生理学より 医学書院

 図4にはK+の収支を示す。細胞外液中のカリウム濃度は約4.2 mmol/l±0.3 mmol/l以内の増減で正確に調整されている。細胞外液中のカリウム濃度の調整は特に難しい。それは図4に示すように全身のカリウムの95%が細胞内に含まれ、2%だけが細胞外液中にあるからである。体重70 kgの成人の場合、細胞内液は28リットル(体重の40)で、細胞外液は14 リットル(体重の20)。したがって、約3,920 mmol/lのカリウムは細胞内に、そしてわずか59 mmol (4.4 gの塩化カリウムに相当する)だけが細胞外液に存在する。1回の食事には約50 mmolほどのカリウムが含まれる。日常的には1日当たり50200 mmolを摂取している。

     細胞外液と細胞内液のカリウム濃度と体内のカリウム収支

 カリウム濃度調節の維持は第一に腎臓の排泄による。便への排泄量はカリウム摂取量の約510%にすぎない。したがって、正常なカリウム濃度調節には腎臓が敏速かつ正確に摂取量の大きな変化に対応する必要がある。経口カリウム補給や注射補給でカリウム負荷が急激に増大した場合は、約50%だけがその後の数時間をかけて尿中に排泄される。体内に残ったカリウムのほとんどは細胞内液へ移動し、血漿カリウムの上昇は最小限に抑えられる。

高カリウム血症の原因

 大量の塩化カリウムを経口的に摂取したり、非経口的に急速投与した場合、腎機能は正常であっても重篤な高カリウム血症を起こすことがある。
 高カリウム血症は全身のカリウム貯蔵の過剰、またはカリウムの細胞外への異常な移動(阪神大震災で建物・家具の倒壊などにより身体を挟まれ、細胞が破壊された人々で、助け出された後に心臓停止で死亡した例がある。)に起因する。血清カリウム濃度が5.5 mmol/l(血漿カリウム濃度が5.0 mmol/l)を超える上昇を来たした場合を言う。
 腎臓が正常であれば上述したようにやがて過剰なカリウムを排泄する。したがって、高カリウム血症が持続することは腎臓のカリウム排泄能力の低下を意味する。高カリウム血症になる原因にはいろいろな場合があり専門的過ぎて理解できないが、分かり易い事例を挙げると、急性腎不全で尿があまり出なくなった場合、慢性腎不全で降圧剤(カリウム保持性利尿薬、β遮断薬など)治療を受ける場合、腎不全で腎臓によるカリウム排泄を制限する薬剤を投与されている場合などである。
 カリウム濃度が正常値の1/3まで下がると、神経信号を伝えなくなり、生体は麻痺する。逆に、カリウム濃度が正常値の2倍以上になると、心機能は非常に低下する。
  通常、高カリウム血症は心毒性を併発するまで症状はない。高カリウム血症が進行している時の心電図の変化をみれば、血漿濃度の増加につれて、明らかに特徴的な波形パターンを示し、やがて心室性収縮不全ないし心室細動に至り、心臓は停止する。

食塩代替物としての危険性

なぜ表示が違うのか

 病者用食品として許可(表示マークには図2に示すように承認となっている)された113低ナトリウム食品の中に食塩代替物として塩化ナトリウムと塩化カリウムを半々に混合した製品がある。この製品のある商品の表示は次のようになっている。「健康な方の健康管理用に、又医師に食塩(ナトリウム) 摂取制限を指示されている方(高血圧、全身性浮腫、心臓・腎臓疾患、妊婦、肥満体など)におすすめする減塩です。」―注意事項として▽本品を多用しても病気がなおるわけではありません。▽食事療養中の方は医師にご相談ください。と小さく目立ちにくく書かれており、他に100g当たりの成分分析値が記載されている。これを見る限り表1の許可基準を満たしているように思われる。ただ、どうして妊婦、肥満体まで記載されているのかわからない。
 問題は同じ製品がアメリカでは健常者用として販売されており、「ナトリウム、カリウムを制限されている人は医師の許可なしには使用してはいけない。」と目立つように記載されていること。オーストラリアでは、その上にいくつかの利尿薬を飲んでいる人には適当ではない。と記載されている。これらのことは前述した高カリウム血症になる危険性を排除するために書かれており、当然の注意書きである。同じ製品で表示が正反対になっているのは何故なのか。

厚生労働省の対応は

 この商品については本紙で19995月に一度書き、(財)塩事業センター発行「塩なんでもQ&A125ページに収録されている。しかし、その後も気になっていたので、昨年11月末に大阪で開催された国立健康・栄養研究所の一般公開セミナー「いわゆる健康食品の功と罪」に出席した。この午前中には相談コーナーがあり、そこで同じ商品が国内と海外でどのように表示されているか、現物を見せて疑念を述べ、どこに相談したら良いかを聞いた。対応した研究所の健康影響評価研究室の室長は、確かに問題がありそうだと認識し、厚生労働省新開発食品保健対策室の衛生専門官のところへ行くように言われた。
 そこで、1210日に衛生専門官に会い、現物を見せ、8項目の疑念を書類にして、ソルト・サイエンス研究財団の腎臓や生理学専門の先生方の意見も付けて質した。詳細な内容は省略するが、一言で言えば、責任逃れの感がある答えしか得られなかった。
  つまり、医師に減塩を指示されている人しか使わないはずである、とのこと。そこで一般の食料品店で販売されているので、減塩を指示されている人しか使わないとは言えない。しかも腎臓が悪い人はカリウム排泄能力も悪いはずであり危険ではないかと反論すると、カリウム摂取量の上限値は高いと根拠を示す資料探しに席を外したが、結局その資料は見せてもらえなかった。現在までに筆者はその数値を把握していない。
 最終的にはカリウムの危険性には気付いていたようで、全身性浮腫疾患、腎臓疾患に適する旨の表示をしないように指導しているとのことで新しい表示法を見せられたが、そのコピーまではくれなかった。現在までに、その表示法で販売されている製品は見たことがない。また、食品衛生小六法の平成14年版にも記載されていない。店頭の製品にはまだマーク内には厚生省許可と書かれており、厚生労働省許可とは書かれていない。少なくともこのような商品は回収させて、新しい表示の製品に置き換えるべきであると筆者は考える。

使用制限のない添加物

 この問題を考えたとき、塩化カリウムは食品添加物となっているが、使用制限はない。これはCODEX(国際食品規格)でも同じである。その代わり海外の製品には、この商品を使用して死亡事故が起こった場合には責任を逃れられるように表示されている。日本の製品でそのような事故が起これば厚生労働省の責任は免れない。もっとも一般の人々は塩化カリウムがそんなに危険な物であるとは知らないから、それで死んだとは判断できないであろう。それを証明するには血中濃度を測定したり、解剖して心臓の状態を観察しなければならないであろうから、事故の届け出はなかなか出てこないであろう。
 使用制限がない食品添加物が主成分と同量、あるいはそれ以上に使われる場合も食品添加物と言えるのであろうか。かつては塩化カリウムが食品添加物に認可された当時、多くの塩化カリウム入りの塩が輸入品(塩化ナトリウム40%以下)も含めて保健上の注意書きもなく販売された。しかし味が悪いために売れず撤退した。
  今市場に出てきたのは塩専売制度の廃止に伴う海外からの輸出攻勢の結果である。

カリウム補給の問題点

この製品1gはカリウム0.26 g(6.7 mmol)に相当するので、その量を摂取したときには、図4の収支計算によると59 mEq(mmolに相当する単位)に加算されることになり、細胞外液に65.7 mEqあることになる。濃度としては4.7mEqに上昇すると考えられる。高カリウム血症の濃度域までにはならないが、体重の軽い人ではなる可能性がある。
  昨年発表されたスターらの無機栄養素と血圧管理のレビュー論文によると、33件の経口カリウム補給のメタアナリシスでは有意な血圧低下効果を示しており、正常な腎機能状態では、ほとんどのカリウムは尿中に排泄される。とは言いながらもこの論文の筆者らはカリウム補給は危険で、血圧低下治療として指示すべきでない。カリウムは食事(ミルク、果物、穀物製品、野菜など)から摂取すべきであると述べている。

参考書 ガイトン臨床生理学、メルクマニュアル、図解生理学

注:血液の組成は図5に示すように取り出した血液を静置しておくと、赤血球や白血球、血小板などが沈み、上澄み液ができる。これを血漿と称し、それから繊維素(フィブリノゲン)を除いたものを血清と言う。それぞれに含まれている成分と働きも記載した。
    血液の組成