たばこ塩産業 塩事業版 2002.11.25
Encyclopedia[塩百科] 16
(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事
橋本壽夫
旨味を引き出す塩の役割
カニやホタテ貝の美味しさは、含まれているアミノ酸や核酸の旨味物質の混合割合と塩で現れる。塩はこの旨味物質の旨さを引き立て、美味しさを演出する役割を果たす。塩はカニ、ホタテ貝の旨さを引き出す役割を果たしており、塩なくしては美味しさも半減する。
旨味物質の発見とその特徴
池田菊苗が発見
味覚には甘味、鹹味、酸味、苦味があり、四基本味と言った。しかし、今ではこれに旨味が加わっている。欧米では旨味という味覚は長い間認知されず、旨味物質は他の基本味を増強する作用を持った物と考えられていた。
昆布の旨味成分を抽出し、それがグルタミン酸ナトリウム(MSG)であることを発見して初めて学会に発表したのは池田菊苗で、1908年のことであった。この味を旨味と名付けた。グルタミン酸ナトリウムは、味の素として商品名、会社名にもなっている。その後、椎茸の旨味成分がグアニル酸(GMP)であり、鰹節の旨味成分がイノシン酸(IMP)であることがわかった。GMPはアミノ酸の一種であり、GMP, IMPは核酸の一種である。これらの旨味成分は似たような味を示すが、混合により相乗効果を発揮して一層旨さが強くなる。
ところで旨味物質はいずれも酸性物質であるため、中性の溶液中では通常ナトリウム塩の形で存在している。つまりナトリウム・イオンがある。このため、動物に旨味物質を与えた場合、旨味物質に対する応答なのか、ナトリウムに対する応答なのか、区別が困難である。特にラットは旨味に対して鈍感で、旨味の特徴である大きな相乗作用を示さない。ラットの舌に旨味物質を与えると、味神経に大きな応答が見られるが、大部分がナトリウム・イオン由来の応答であるので、ラットでは旨味が塩味とは独立した味であることは証明できなかった。このため欧米では旨味の認知が遅れた。
栗原らはイヌで相乗効果を示す実験をした。イヌの舌に旨味物質を与えて味神経からの応答を測定した結果が図1である。旨味物質のグアニル酸(GMP)の0.5 mmol(0.02%)という薄い溶液にもう一つの旨味物質であるグルタミン酸ナトリウム(MSG)を次第に多く加えていくと、MSG単独の場合の相対応答値は-1.0までは変わらないが、わずかにGMPが加わっていると、それよりも二桁も低い濃度の-3.0から上がり初めて、MSGの濃度が高くなるにつれて相対応答値は次第に大きくなり、相乗作用が現れていることが判る。
基本味としての旨味の証明
旨味が基本味の一つであるかどうかの証明はイヌを使って次のようにして行われた。利尿剤として開発されたアミロライドは塩に対する味覚応答を抑制する。その様子を図2(上)に示した。100 mmol(0.6%)の塩溶液にアミロライドを加えていくと、味神経の相対応答値は急激に下がってついにはゼロとなって応答しなくなる。ところが0.5 mmol(0.02%)のGMPに100 mmol(1.87%)のMSGを加えて旨味の相乗作用で表れた旨味の相対応答値は、図2(下)に示すようにアミロライド濃度が高くなっても低下しない。つまり旨味は塩味とは異なる独立した味質である証拠となり、旨味という味質があることが証明された。
20世紀の初め頃に発見された旨味物質が表す旨味という味覚は、先にも述べたように欧米では長い間認知されなかったが、今では「umami」という言葉で国際的に通用するようになった。
塩の旨味強化作用
図3に塩の共存によってGMPの旨味が強化される様子を示した。塩がない場合よりも0.6%程度の塩があると、薄いGMP濃度でもイヌの味神経に大きな相対応答値が表れ、旨味が強化される。図には示されていないが、塩濃度が高くなると強化作用は小さくなる。このような旨味強化作用はMSG, IMPでも同じように表れるので、適度な塩濃度にすれば、旨味物質の味が引き出せることになる。
海産物の味の必須成分とは
ウニやカニ、ホタテ貝のような海産物の美味しさは、アミノ酸、核酸、無機塩類が一定の割合で含まれているときに現れてくる。それら素材の味を再現するために必須な成分は表1に示す通りで、下線の物質が味を示す有効成分である。カニの成分でアミノ酸の混合比率を変えるとホタテの味になり、メチオニンを加えるとウニの味になる。
表1 海産物の味を再現するための必須成分 |
|
バフンウニ |
ズワイガニ |
ホタテガイ |
アサリ |
グルタミン酸 |
103 |
19 |
140 |
90 |
グリシン |
842 |
623 |
1,925 |
180 |
アラニン |
261 |
187 |
256 |
74 |
バリン |
154 |
30 |
8 |
4 |
メチオニン |
47 |
19 |
3 |
3 |
アルギニン |
316 |
579 |
323 |
53 |
タウリン |
105 |
243 |
784 |
555 |
ベタイン |
7 |
357 |
339 |
42 |
アデニル酸 |
10 |
32 |
172 |
28 |
イノシン酸 |
2 |
5 |
- |
- |
グアニル酸 |
2 |
4 |
- |
- |
ショ糖 |
1.2 |
9 |
10 |
65 |
Na+ |
/ |
191 |
73 |
244 |
K+ |
/ |
197 |
218 |
273 |
Cl- |
/ |
336 |
95 |
322 |
PO43- |
/ |
217 |
74 |
74 |
下線は呈味有効成分。 /:分析せず、 -:検出されず |
福家真也、化学総説、40, 92 (1999) |
アミノ酸と旨味物質を混合しただけでは、これらの素材の味にはならず、塩を加えることが不可欠である。前に述べたように、適度の塩を加えると旨味物質やアミノ酸の味が強化され、旨味物質の味が引き出され、それぞれの素材が示す美味しい味になる。
つまり塩を入れなければ折角の美味しい素材も旨くならない。入れる濃度は0.6%程度である。澄まし汁が美味しく感じられる塩の濃度は0.8%程度であるから、それよりも少し薄めになるように塩を加えることが重要である。
調理における味の決め手となる塩の重要性の一端を旨味を引き出す観点から述べた。 (参考文献:@栗原堅三、化学感覚の受容体と情報、クバプロ;A栗原他、グルタミン酸の科学、講談社サイエンティフィク)
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