たばこ塩産業 塩事業版 2002.09.25
Encyclopedia[塩百科] 14
(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事
橋本壽夫
減塩の効果はあるのか?
保健政策の中で減塩が勧められているが、その効果については必ずしも明確に示されているわけではなく、なんとなくムードとして勧められているように思える。―と言えばその筋からお叱りを受けそうであるが、減塩を勧めるのであれば、明確な根拠を示してもらいたい、と思うのは筆者だけではなかろう。減塩に懸念を抱いていても、これまた確たる根拠がないと議論にならない。ここに過去の論文を分析して、減塩政策を支持しないと結論を出した論文があるので紹介する。
発表された32年間の論文を検索・精査して
この論文は、コペンハーゲン大学のグラウダルらが1998年のJAMA(アメリカ医学協会誌)に「血液、レニン、アルドステロン、カテコラミン、コレステロールそしてトリグリセライドに及ぼすナトリウム制限の効果」と題して発表したものである。調査は1966年から1997年12月までの32年間に発表された論文をメッドライン(医学論文のデータベース名)から塩またはナトリウム等のキーワードを組合せて検索した。それにこれまで報告されているメタアナリシスからも追加して、114件のランダム化された研究集団を含む83論文を採用した。採用に当たっては、低ナトリウム食または高ナトリウム食のいずれかにランダム配置していたことを含め5点の採用基準を設けて、2人が独立して試料の大きさを含め10点のデータの他、体重なども記録した上で突き合わせ、基準に合っている研究集団を扱った論文を採用した。
血圧低下に対する調査結果=減塩を支持せず
血圧低下に対する調査結果を表1に示した。高血圧者に対する58件の試験で118 mmol(約7 gの塩)の減塩(通常の食生活では不可能)により収縮期血圧と拡張期血圧がそれぞれ有意な低下を示した。この効果は減塩が高血圧症の補助的な治療法として使えるかもしれないことを示していると考察しているが、降圧剤の効果よりも小さいことから、結論として調査結果は減塩の勧めを支持しないと述べている。正常血圧者に対しては56件の試験で血圧低下効果を出すためにさらに厳しい160 mmol(9 g強の塩)の減塩で収縮期血圧だけが有意な低下を示した。この結果は全員に減塩を勧めることを正当化しないと述べている。
表1 血圧低下効果 |
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試験数件 |
Na摂取量低下 mmol/24h |
収縮期血圧 mmHg |
拡張期血圧
mmHg |
高血圧者 |
58 |
118 |
3.9* (CI:3.4-4.8) |
1.9* (CI:1.3-2.5) |
正常血圧者 |
56 |
160 |
1.2* (CI0.6-1.8) |
0.26※ (CI0.3-0.9) |
* p<0.001、※p=0.12、CI:95%信頼区間 |
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血液に影響を及ぼす成分への影響は?
血液や血管疾患に影響を及ぼす成分への影響を表2に示した。減塩によりレニン濃度は平均して3.6倍、アルドステロン濃度は3.2倍も増加した。ナトリウム排泄量(ナトリウム摂取量に等しいとされる)を20 mmol/24h(1.2 gの塩)以下に低下させると、レニン濃度とアルドステロン濃度は5〜6倍も高かった。40〜100 mmol(2.3〜5.9 gの塩)に低下させた人々では、それらの濃度は2倍に増加した。ノルアドレナリン、コレステロール、LDLコレステロール(悪玉コレステロールと言われる)については増加し、体重は有意に減少し、アドレナリン、トリグリセライド、HDLコレステロール(善玉コレステロールと言われる)には影響なかった、という結果であった。
表2 血圧に影響を及ぼす成分に対する影響 |
レニン濃度 |
3.6倍増加 p<0.001 |
アルドステロン濃度 |
3.2倍増加 p<0.001 |
ノルアドレナリン |
増加 |
コレステロール |
増加 |
LDLコレステロール |
増加 |
体重 |
有意に減少 |
アドレナリン |
影響なし |
トリグリセライド |
影響なし |
HDLコレステロール |
影響なし |
血圧に関連するいろいろな成分が出てきたので少し解説する。腎臓から出てくるレニンは血圧を上昇させるアンジオテンシンUを作りだし、この物質は副腎皮質からのアルドステロンの分泌を促進させてナトリウム貯留を促し血圧上昇につながるので、レニン上昇は血圧上昇につながる。したがって、減塩でこれらの濃度が上昇することは血圧上昇につながることになる。減塩の勧めで逆の結果になりかねない。
怒ると血圧が上がると言われるが、副腎髄質からアドレナリンが出て心臓機能を増大させ、血流が多くなるとともに血管を収縮させるために血圧が上がるからである。ノルアドレナリンも副腎髄質から出るが、この物質は末梢血管を強く収縮させるので血圧上昇作用が著しい。これらの物質はいずれもホルモンの一種である。トリグリセライドは脂肪と考えてよく、コレステロールを含めて血液中のこれらの濃度が高くなると血圧に良い影響を与えない。減塩で体重が減るのは食欲がなく結果であろうが、体重減は血圧低下につながる。
世界一の長寿誇る日本 神経質になる必要なし
減塩に関する論文の結果には大きなバラツキがあるが、それらを累積したメタアナリシスの結果では、バラツキは一定の値に収束して安定してきている。今後の研究ではより長期間の試験結果が要求されており、発表された論文のデータを累積してメタアナリシスが進められて行くのであろうが、減塩効果の論議に最適な解決法は、脳卒中や急性心筋梗塞といった終点に至るまでの長期間試結果を出すことであると結んでいる。
これでは何時までたっても結論は出そうにないが、少なくとも減塩にはあまり血圧低下効果を期待できそうにないようである。
何世代にもわたって固定されてきた食生活を一足飛びに変えようとすると歪みが出て、悪い影響が出てくるのかも知れない。ここに採用した論文はほとんど外国のものである。食塩摂取量が多い国に入るとはいえ、世界一の長寿を誇る日本で減塩に対して神経質になることはないと筆者は考える。
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