たばこ塩産業 塩事業版 2001.12.25
Encyclopedia[塩百科] 5
(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事
橋本壽夫
アメリカ人の食事ガイドラインにおける食塩摂取量と摂取量調査
減塩政策の効果あがらず
アメリカで食塩摂取量が問題にされだしたのは1970年前後のことである。1980年に最初の「アメリカ人の食事ガイドライン」が発表され、以後5年毎に改定されている。その中で食塩摂取量についての勧告や関心を喚起させるいろいろな情報を提供している。一方、日本ほどの頻度ではないが食塩摂取量の調査もされている。その結果を見ると、勧告値以上の摂取量であることが多く、経時的に見ると摂取量は上昇している。このようなことから加工食品中の食塩含有量を下げ、食品成分表示の食塩量を見て低食塩製品を選択するように国民を教育していく政策が進められている。アメリカ「栄養雑誌」の論文(J Nutr 2001;131:536S)から紹介する。
80年に食塩摂取量の勧告
1 1970年代に、いくつかの保健専門家グループによって食塩摂取量と高血圧との関係について関心が持たれ出した。1977年に上院が食塩摂取量の目標を4-6
g/dにすることを勧告した。その後まもなくアメリカ医学総会は、食塩摂取量を少なくするとアメリカ人はより健康になるであろうと報告した。1979年に食品医薬品局(FDA)の要請で結成された委員会で、食塩の保健上の影響をレビューした。その結果、食塩摂取量について3つの結論が出された。
@ 食塩摂取量を下げる。A
加工食品中の食塩含有量を下げるガイドラインを作る。B 食品中の食塩含有量を表示する。
このような経緯から1980年に発表された初めての食事ガイドラインに食塩摂取量についての勧告が盛り込まれた。以後、いろいろな機関から報告書が出され、食事ガイドラインも5版に改定されている。以上の経過を表1に示した。
表1 アメリカ合衆国における食塩摂取量勧告の変遷 |
報告書表題、 機 関、 日 付 |
勧 告 |
アメリカ合衆国の食事目標、栄養要求量に関する上院専門委員会、1977年 |
4-6 g/日に食塩摂取量を低下 |
健康な食生活に向けて。食品栄養委員会、国家研究審議会、国立科学アカデミー、1980年 |
中程度に塩を使う:3-8 g/日の食塩 |
栄養と健康:アメリカ人の食事ガイドライン、1版アメリカ合衆国農務省、アメリカ合衆国保健福祉省、1980年 |
食塩の摂り過ぎを避ける。 |
栄養と健康:アメリカ人の食事ガイドライン、2版アメリカ合衆国農務省、アメリカ合衆国保健福祉省、1985年 |
食塩の摂り過ぎを避ける。 |
健康なアメリカ成人の食事ガイドライン。アメリカ心臓協会栄養委員会1988年 |
7500 mg食塩/日以上を食べない。 |
栄養と健康:アメリカ人の食事ガイドライン、3版アメリカ合衆国農務省、アメリカ合衆国保健福祉省、1990年 |
中程度に塩を使う。 |
高血圧予防に関する作業グループ報告、国家高血圧教育プログラム、1993年 |
1日当たり〜6 g以下の食塩に低減 |
栄養と健康:アメリカ人の食事ガイドライン、4版アメリカ合衆国農務省、アメリカ合衆国保健福祉省、1995年 |
中程度の食塩含有食を選ぶ。「栄養表示リスト1日当たり6 g」 |
国家高血圧教育プログラム協同委員会の声明、国家高血圧教育プログラム、3月30日、1995年 |
中程度の食塩摂取量と国の食事目標として6 g食塩/日を設定 |
アメリカ心臓協会栄養委員会、AHA食事ガイドライン、2000年 |
食塩摂取量を6 g/日に制限 |
注:元の表から抜粋。ナトリウムを食塩として換算表示。 |
5回の改定で表現変わる
2 アメリカ人のための最初の食事ガイドラインは2つの目的を持って勧告を行った。すなわち、特別な栄養素欠乏を防ぐために十分な摂取量を確保するためと、食事因子に関係していると思われる慢性疾患の危険率を下げるためであった。
食塩摂取量については後者の観点から勧告され、5回の改定で少しずつ表現が変わってきた。
最初は「誰がなぜ食塩摂取量に関心を持たなければならないか」。次に「何から多くの食塩を摂取しているか」。そして「どのようにしたら食塩摂取量を下げられるか」といった観点から、表2に示すように改定毎の食事ガイドラインで事細かに注意書きされている。
表2 食事ガイドラインメッセージの変遷 |
年 |
声 明 |
塩摂取量に関心を持たせるメッセージ |
塩摂取源に関するメッセージ |
1980 |
ナトリウムの摂り過ぎを避ける |
●過剰塩の主な害は高血圧者にある;必ずしも全ての人々が同じように感受性があるわけではない |
●食卓塩はナトリウムと塩素を含んでいる;両方とも必須である。 |
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●低塩摂取量の集団では高血圧が稀である。高塩摂取量の集団では高血圧がふつうである |
●塩は多くの飲物や食品にあり、特にいくつかの加工食品、調味料、ソース、漬物、塩辛いスナック、サンドイッチ肉にある。 |
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●高血圧者が厳しい減塩すれば、血圧は通常低下する |
●アメリカ合衆国成人は必要量以上の塩を摂取している。 |
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|
●低塩食は高血圧をある程度予防する |
1985 |
ナトリウムの摂り過ぎを避ける |
●過剰塩の主な害は高血圧者についてである。必ずしも全ての人々が同じように感受性であることはない |
●食卓塩はナトリウムと塩素を含んでいる;両方とも必須である。 |
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●高血圧を発症する人を予測する方法はない。高血圧を発症する前にそれが分かれば、低塩食は高血圧を避けるのに役立つ |
●塩は多くの飲物や食品にあり、特にいくつかの加工食品、調味料、ソース、漬物、塩辛いスナック、サンドイッチ肉にある。 |
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●低塩食の集団では高血圧は稀である。高塩食の集団では高血圧は普通である |
●アメリカ合衆国成人は必要量以上の塩を摂取している。 |
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●高血圧者が厳しく減塩すれば、必ずしも正常値にはならないが、通常、血圧は下がる |
●塩はしばしば食品保存に必要である。 |
1990 |
中程度に塩を使う |
●低塩食の集団では、高塩食の集団よりも高血圧は少ない |
●食卓塩はナトリウムと塩素を含んでいる;両方とも必須である。 |
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●アメリカ合衆国の成人で3人に1人は高血圧である。塩摂取量を制限すれば、通常、血圧は下がる |
●塩はしばしば食品保存に必要である。 |
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●高血圧でない人々の中には塩含有量の少ない食事で危険性を下げられる人がいる |
●塩を含んでいる食品と飲物が塩摂取量の大半を占める |
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●我々は必要量以上の塩を食べているので、塩を減らすことが賢明である。食塩摂取量と共に血圧が上がる人々には減塩効果がある |
●アメリカ合衆国成人は必要量以上の塩を摂取している。 |
1995 |
中程度の塩含有食を選ぶ |
●高食塩摂取量は高血圧と関係している |
●塩は食品中に少量自然にある |
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●高血圧の危険性を持った多くの人々は塩を減らすことにより高血圧発症の危険率を下げられる |
●ほとんどの塩は加工製造中に食品に加えられる。 |
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●他の要因が血圧に影響を及ぼす塩と相互作用をするかもしれないので、いくつかの疑問が残っている。 |
●食塩嗜好は塩の使用量を減らすことで弱められるであろう。 |
2000 |
塩の少ない食べ物を選び調理する |
●多くの人々は塩を減らすことによって高血圧発症の機会を下げられる。 |
●少量の塩だけが食品中に自然にある。 |
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●誰が高血圧を発症させるかを語る方法はないが、低塩摂取量は有害ではない。 |
●ほとんどの塩は加工製造中に食品に加えられる。 |
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●食塩摂取量を減らすことは骨粗鬆症や骨折の危険率を増加させる骨カルシウムの損失を低下させるであろう。 |
●塩を加えられた全ての食品が必ずしも塩辛い味を示さない。 |
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●食塩嗜好は塩の使用量を減らすことで弱められるであろう。 |
付表を統合し一部を省略した。 |
やむを得ず食品表示に力
3 アメリカ人の食塩摂取量については2つの調査の中で取り上げられている。一つは国民栄養調査(NHANES)であり、もう一つは食品摂取量連続調査(CSFII)である。いずれも24時間食事思い出し法を使っているが、日本の場合とは異なった方法でデータ収集している。それらの結果を図1に示す。
食塩摂取量を下げる勧告は過去10年間続けられてきたが、過去20年間の国民栄養調査からの結果は、平均食塩摂取量は下がらないで増えている。
図1から分かるように国民栄養調査では食塩摂取量は経時的に増加しており、食品摂取量連続調査ではあまり変化してないことが現れている。
このことから、アメリカ人は食事ガイドラインに盛り込まれている塩についての勧告を気にしてないように思われ、またアメリカ人は食事中の食塩含有量が適正であるかどうかを正確に判断できないとして、食品表示に力を入れている。
食塩代替物の使用は10%弱
4 食塩含有量の少ない食品を選ぶには、そのような製品を提供する必要がある。食塩含有量の少ない製品は入手できるが、総販売量は少なく1990年代の初期で3-4%であった。これらの製品が美味しくないので売れないのか、通常の製品よりも高いので売れないのか、消費者にとって重要な健康問題でないので売れないのか明らかでない。
塩は食品に塩辛い味を与えるだけでなく、他の風味を強化し苦味を抑制する。したがって、製品の塩辛さ以外の風味が減塩製品に影響を与えているかもしれない。今のところ受け入れられる食塩代替物は開発されていない。味覚受容器のナトリウムチャネルによって妨害されているかららしい。
第三回の国民栄養調査で、食卓における食塩の使い方についてのアンケート調査が表3のように発表された。食塩代替物またはナトリウムを減らした塩(ライト・ソルト)の使用者は各年齢グループで10%以下であった。
表3 第三回国民栄養調査における性別、年齢別の食卓における塩使用の状況(%)。1988-1994年 |
性別と年齢 |
調査人数 |
塩を使わない |
食塩代替物またはライトソルトを使用 |
通常の塩を使用 |
|
|
|
|
希に使用 |
時々使用 |
頻繁に使用 |
男性 |
|
|
|
|
|
2-5歳 |
2009 |
70.6 |
1.4 |
14.4 |
11 |
2.7 |
6-11歳 |
1496 |
53.2 |
3.7 |
15.2 |
19.8 |
8.1 |
12-19歳 |
1407 |
33.5 |
2.6 |
24.6 |
25.5 |
13.8 |
20-39歳 |
2937 |
35.4 |
3.1 |
14.8 |
22.5 |
24.3 |
40-59歳 |
1975 |
40.2 |
7.8 |
13.1 |
17 |
21.8 |
60歳以上 |
2375 |
40.8 |
10.4 |
15.1 |
17.4 |
16.3 |
女性 |
|
|
|
|
|
2-5歳 |
2055 |
70.3 |
1.6 |
15.3 |
10.2 |
2.7 |
6-11歳 |
1458 |
51.7 |
3.2 |
20.9 |
16.5 |
7.7 |
12-19歳 |
1620 |
34 |
3.6 |
19.3 |
23.9 |
19.3 |
20-39歳 |
3571 |
37.3 |
4.8 |
18.4 |
21.7 |
17.8 |
40-59歳 |
2260 |
47.6 |
5.5 |
16 |
17 |
13.9 |
60歳以上 |
1526 |
56.5 |
8.8 |
15.6 |
12.5 |
6.6 |
◆……以上、アメリカの「栄養雑誌」に発表された論文からアメリカにおける減塩政策とその効果を紹介した。減塩政策に力を入れているにもかかわらず、効果の上がっていない意外な結果である。
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