塩戦争を終える時
It’s Time to End the War on Salt
By Melinda Wenner Moyer
Scientific American, July 8, 2011
(訳者注:減塩政策が採用された経緯を紹介している中で、減塩政策を立案した科学的根拠は曖昧で、その後、研究手法は厳密になってきたが、減塩による血圧低下効果は小さいか、ほとんどないことが明らかになってきた。原文のナトリウムは塩または塩分に換算した。)
塩摂取量を制限する政策に熱中している政治家の運動には科学的根拠がほとんどない。
数十年もの間、政策立案者はアメリカ人に減塩させようとして失敗してきた。2010年4月に、食品製造者が製品に入れる塩の量を規定するように医学研究所はアメリカの食品医薬品局に要請した。ニューヨーク市市長のミカエル・ブルーンバーグは自発的にそうするように16社に既に納得させていた。しかし、アメリカが塩問題を克服すれば、我々は何を得るのか?確かにフレンチ・フライを気にしなくて良い。しかし、健康な国民か?必ずしもそうではない。
今週、アメリカ高血圧学会誌に全部で6,250人の被験者を含む7研究のメタアナリシスによると、減塩が心臓発作や脳卒中の危険率、または正常血圧者または高血圧者の死亡を減らすという強いエビデンスは明らかになかった。5月にJAMAに発表したヨーロッパの研究者達は、被験者の尿に排泄された塩分が少なければ少ないほど、心疾患で死ぬ危険率はそれだけ大きくなることを報告した。これらの結果は、過剰な塩は体に悪いが、塩と心疾患を結び付けるエビデンスは常に弱いという常識に疑問を投げかけた。
塩に対する最初の恐れは一世紀以上も前に表面化した。1904年にフランスの医者は、心疾患の危険因子として知られている高血圧症の患者6人が塩愛好者であったことを報告した。ブルックヘブン国立研究所のレビス・ダールが、塩は高血圧の原因であると言う明確なエビデンスを発見したと主張してから、1970年代に心配は拡大した。彼はラットに1日当たり人に換算して500 gのナトリウム(訳者注:塩に換算すると1,270 gとなり、あまりにも多すぎるように思う)を食べさせて高血圧を発症させた。(今日では、平均的なアメリカ人は1日当たり3.4 gのナトリウム、または8.5 gの塩を摂取している。)
ダールはまた塩摂取量と高血圧との関係を示す強いエビデンスとして引用され続けた集団の傾向も発見した。日本のような高い塩摂取量の国に住んでいる人々も高血圧になり、脳卒中になる傾向であった。しかし、数年後にアメリカ高血圧学会誌で論文が指摘したように、科学者達が集団内で塩摂取量を比較すると、その様な関係はほとんど見られなかった。そのことは遺伝または他の文化的な要因が犯人であるかもしれないことを示唆した。それにもかかわらず、1977年に栄養とヒトの必要量に関する米上院特別委員会は、ほとんどダールの研究に基づいてアメリカ人は塩摂取量を50 – 86%減らすことを勧める報告書を発表した。
それ以来、科学的な手法はずっと厳密になってきたが、塩摂取量と不健康との関係は不明確なままであった。1988年に発表された大規模研究のインターソルトは52ヶ所の世界中の研究センターからの被験者でナトリウム摂取量と血圧を比較し、塩摂取量と高血圧発症率との間には何の関係もないことを明らかにした。事実、1日当たり約14 gの最も多い塩摂取量の集団は約7.2 gの最も少ない塩摂取量の集団よりも低い中央血圧値であった。2004年にアメリカの保健社会福祉省によって一部財政援助を受けて設立された国際的で独立した非営利のヘルスケア研究機関であるコクラン共同計画は11件の減塩試験のレビューを発表した。通常食と比較して長期間の低塩食は健康な人々で収縮期血圧を1.1 mmHgと拡張期血圧を0.6 mmHg下げた。これは120/80から119/79になるようなものである。プライマリーケアーまたは集団予防計画とは両立しない強力な介入は長期間の試験中にわずかな血圧低下を示しただけであることをレビューは結論としていた。57件の短期間試験の2003年コクラン・レビューは、減塩による長期間の利益についてほとんどエビデンスはない、と同様の結論であった。
塩と心疾患との直接的な関係を探してきた研究はもっと良くなかった。それらの中で、2006年のアメリカ医学雑誌の研究は報告されている7800万人のアメリカ人の1日当たり塩摂取量と14年間中に心疾患で死亡した危険率とを比較した。それは、塩摂取量が多い人ほど、心疾患で死ぬことがそれだけ少ないことを明らかにした。ヨーロッパ疫学雑誌に発表された2007年の研究は5年間1,500人の老人を追跡し、尿中の塩分量と冠状血管疾患または死亡との間には関係がないことを明らかにした。どの研究についても、塩は健康に悪く、他は悪くないことを示唆している。
問題の部分は塩に対する応答が個人によって変わることである。これらの関係を明らかにすることは難しい、とジョーンズ・ホプキンス大学の疫学者で2010年のアメリカ人のための食事ガイドラインで塩委員会の委員長であったローレンス・エイペルは認めている。慢性疾患雑誌に発表された1987年の研究は、高塩食を食べた後に血圧低下を経験した人の数は血圧スパイク波を経験した人の数とほぼ同じ、すなわち、多くはほぼ同じ状態であることを報告した。これは塩摂取量に基づいて塩の排泄量を変えるようにヒトの腎臓が設計され作られているからである、とアルバート・アインシュタイン医学校の疫学者で国際高血圧協会の前会長であるミカエル・アルダーマンは説明する。
わずかな血圧低下は個人には大きな効果を持っていない、つまり心臓発作の危険率に実際に影響を及ぼすほどではないが、集団レベルでは結局命を救うことになる。部分的にアフリカ系アメリカ人や老人を含めて集団の小さなパーセントが塩に対して高血圧になるように思えるからである。例えば、ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシンで2010年2月に発表された研究は、約35%の減塩は年間少なくとも44,000人のアメリカ人の生命を救う、と推定した。しかし、そのような推定はエビデンスではなく、推測である。そして低塩食には副作用がある。すなわち、減塩すると、血圧を上げるそれぞれ酵素やホルモンであるレニンやアルドステロンを放出するように身体は応答する。
矛盾するデータに基づく厳しい塩政策を作るよりもむしろ、低塩食を続けている人々に何が起こるか観察するために政府が大規模な比較臨床試験を後援することをアルダーマンと同僚のヒレル・コーエンは提案している。そのような試験はあまりにも費用がかかるので出来ないし、将来も行われない、とエイぺルは応えている。しかし、明らかなデータがなければ、十字軍的な反塩運動は怪しい科学にも全く基づいていない。結局、反塩運動は公明正大ではない。“この莫大な利益と生命を救うことに関して多くの約束が社会と結ばれている。しかし、それは荒っぽい推定に基づいている。”とコーエンは言う。